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<純烈物語>「俺、紅白に出るわ! そこまでは耐えてくれ」<第4回>

「白と黒とハッピー~純烈物語」第4回

リーダー以前にプロデューサー気質 純烈紀元前に酒井一圭が持った確信  “純烈リーダー”――これが酒井一圭のもっともパブリックな肩書である。ツイッターのユーザー名にも入っており、じっさいに歌からトーク、コンセプトにいたるまでタクトを握っているのはこれまでの連載を通じ、伝わっているだろう。  ただ、その一方で実務を並べるとプロデューサーと呼んだ方がよりしっくりくる。自身も「たまたま一緒にメンバーとステージへ立っているだけ」と言い、ロックグループにおけるバンマスのような意識は極めて希薄だ。少年の頃から子役を通じ、自分だけでなく全体を見る癖が体に染みついた酒井は物事を客観的に見る目が養われていた。  プロレスの世界へひょっこりと現れ、前衛的な試みだった「マッスル」に参加した時も、酒井は芸能人ヅラをしていなかった。あばれはっちゃくで主役を務め、ガオレンジャーでは戦隊ヒーローアイドルとなったのに、自分の役どころに文句を言ったことは一度もなかった。 「芸能界で子どもの頃から活躍している人って聞いていたから、もっと俺が俺がって言ってくると思っていたけど、一圭さんからはまったくそういうところが感じられない。不思議な人だよね」  当時、マッスルを主宰するマッスル坂井にそう言った記憶がある。ポジション的には、プロレスラーの酒井一圭HG(レイザーラモンHGのパロディーで、同じようなコスチュームを着用)ではあるが、バックステージでは舞台監督目線で興行全体を見ていた。  2007年に映画『クラッシャーカズヨシ~怒る~』を撮影中、右足首を複雑骨折したためマッスルでも試合に出場できなくなった。その時、酒井は入場時につまづき脚を押さえて退場するという“出落ち”をやった。  登場シーンはそこだけ。ガオブラックまで務めた役者がこの扱いはないだろうと思ったが、この時も本人は不満を口にしなかった。たとえ数秒であっても、その場面が必要であれば全力で骨折をネタにし、観客を笑わせて全体の成功に貢献するのが酒井だった。  あの頃はわからなかったが、現在の純烈における立ち位置を見るとマッスルの住人であった時となんら変わらぬ姿勢であることに気づく。生まれながらのプロデューサー気質……モノを作るためのあらゆる対象との距離感を的確につかめるそのセンスが、世間規模で生かされている。それが、現在の酒井一圭なのだ。 「本当はプロデューサーを名乗って口だけで生きていきたかったんですけどねえ」と笑う酒井。ではなぜ、そうはならずにメンバーとして純烈へ加わることになったのか。
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イケメン戦隊俳優たちを仕切っていたら……
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