第一レース
レースが始まった。ライン通りに選手が並び、それぞれのチームが列ごとに競り合う。先生の予想は最後の最後にこのラインが崩れ、もつれた後の話までしていた。2-5-6のラインはそんな予想を裏切るかのように綺麗に並んだまま最終ラップに突入する。
またこのパターンか。
ノコノコとついてきて、結局予想家がたまたま外した馬券を買い、怒りの矛先も有耶無耶になったまま後悔する。もうこんなの何度目だろう。
そう諦めていたが、最終コーナーを回ってから選手の挙動が大きく変わった。ラインの列が崩れ、数秒の間にもみくちゃになり、何が起こったのか全くわからなかった。勝負どころが一瞬で過ぎ去り、勝ったのか負けたのかさえわからなかったが、スロー再生で見直すと結果は2-5-1。
なんと、最初のレースは見事的中。久しぶりの的中に感情がついてこなかったせいで涼しい顔をしてしまったが、合計で4,000円賭け、それが8,000円になった。久しぶりにしっかり勝ったせいか、首周りの熱がすぐにスッと引く。予想通りのレース展開に気持ちが遅れて湧き上がる。
「今日はもう僕、先生のラジコンになります」
僕と担当は考えることを辞めた。
それから8レースも言いなりになって車券を購入し、勝ったり負けたりしながらプラス5,000円を行ったり来たりしていた。最初の4,000円勝ちを守りながら楽しく競輪を理解していく。ギャンブルを覚える過程で一番楽しいパターンに入った。
9レース目。
ここまでは買った車券のうち順当に人気な買い目ばかり当たっていたが、この時は教えてもらったレース展開の動きと少し違った。段々と勝負どころがわかってきたのでオロオロと車券を見返す。2-4-1なら当たり、2-4-7なら負け。
3着はスロー再生でも1と7がほとんど同着だったので結果発表を待つ。天国と地獄。たった数分が10分くらいに感じる。こういう時、パンは大抵バターを塗った面が下になって落ちてしまう。期待するな、期待するなと言い聞かせる。ぬか喜びはギャンブルを加速させてしまう。
そしてアナウンスが鳴った。結果はなんと2-4-1。最後に7が追い上げたが、ギリギリ追いつくことができなかった。3,000円が3万円に化けた。
扉を閉めていない会議室でガッツポーズをする。
ギャンブルで10倍になることは久しぶりだった。令和に入ってからダラダラと負け続けてきたのは、的中した時の配当が小さかったからだった。大きく賭ければ負け、小さく賭けた時だけさらに小さく勝つ。この繰り返しの日々に終止符を打つようなレース。人に乗るのも運。働くことでギャンブル運を溜めた甲斐があった。嬉しすぎて血の気が引き、少し貧血気味になる。
もう終わりでいい。調子に乗って人間を辞める前に楽しい記憶のまま終わろう。
「次、全通り5,000円ずつ買います」
同じラジコンだったはずの僕の担当が言った。同じレースを同じように買っていても勝ち負けで分かれることはある。たまたま厚く張ったレースで負けた者、勝った者。今日の僕は運が良かった。
机と椅子の縁に足を乗せ、出社しているとは思えない姿勢で競輪を買い続ける彼を置いて先生は帰った。僕はこの原稿を書き始める。
「犬さん。もう一緒に賭けなくても大丈夫ですよ」
そこにいたのは守・破・離の離。
人間を辞めた、一人のギャンブル依存症だった。
担当の最後のLINE。息音が聞こえない
〈文/犬〉
フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。
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賭博狂の詩