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1億5000万円問題、検察審査会が安倍晋三を追いつめる<元東京地検特捜部検事・郷原信郎氏>

検察に安倍氏を逮捕する度胸はない

―― 検察が前法相の河井克行氏の逮捕に向けて捜査したのは、安倍政権と検察庁法改正などをめぐって対立関係にあったからだとの見方もありましたが、検察が今後安倍氏の捜査に乗り出す可能性はありますか。 郷原 残念ながらその可能性はないと思います。永田町の一部では、検察が安倍氏逮捕に動いているなどという話が流れているそうですが、それは率直に言って妄想です。現在の検察には、安倍氏の事件を捜査して立件する度胸もなければ、その余裕もありません。これはほぼ断言できます。  検察が自民党の大物政治家を捜査することは、そう簡単なことではありません。政治権力と正面からぶつかれば、必ず大きなリアクションがあります。法務省の人事や予算などでモロに跳ね返ってくることを覚悟しなければなりません。  特に安倍氏は一時の田中角栄ほどではないにしても、現在の自民党において最大の政治権力者です。その安倍氏を捜査するというなら、法務検察全体として安倍氏の捜査に踏み込むという意思統一を図った上で、法務省に報告し、最終的には法務大臣にも報告する必要があります。これを実行するためには相当の力が必要です。買収目的交付罪の立件は緻密に立証していけば不可能ではないと思いますが、現在の検察にそんな度胸があるとは思えません。  しかも、検察はいま多くの事件を抱えており、安倍氏の捜査に力を割いている余裕もありません。彼らにとって当面の問題は、元経済産業大臣の菅原一秀氏の処分です。菅原氏は公設秘書が選挙区内の有権者に香典などを渡していたとして、公職選挙法違反の疑いで告発されていましたが、検察は昨年6月に告発状を受理せずに返戻した上で、不起訴処分にしました。これは不当な「検察審査会外し」です。検察が告発事件について不起訴処分を行った場合、告発人は検察審査会に審査を申し立てることができます。そこで、検察は告発状を受理せず、それとは別に自ら菅原氏を立件した上で、不起訴処分にしたのです。それによってこの事件が検察審査会に持ち込まれることを妨害したのです。  菅原氏に対する告発状が提出されたのは2019年10月下旬のことでした。検察はこの告発状を受け取ったまま7か月以上にわたって受理の判断をせず、不起訴処分を行う直前に告発状に不備があるという理由で告発状を返戻しました。告発状に不十分な点があるなら、提出を受けた直後に返戻すればよかったはずです。ここからも、検察が「検察審査会外し」のための工作を行っていたことは明らかです。  これに対して、検察審査会は職権審査の権限を発動し、起訴相当の議決を出しました。検察審査会は審査の申し立てがなくても、検察が不起訴にした事件を職権で取り上げて審査できるのです。これはきわめて異例なことです。その結果、検察は菅原氏の事件に改めて対応しなければならなくなったのです。不当極まりない不起訴処分を行ったツケが、いまになって回ってきているのです。  また、河井夫妻からお金を受け取った広島の市議や県議たちの処分も行わなければなりません。買収者である河井夫妻の犯罪が成立するならば、当然、被買収者である地元政治家たちの犯罪も成立します。しかし、検察はこの間、彼らの処分を全く行ってきませんでした。検察はこの後始末で精いっぱいで、他のことに手をつける余裕はないのです。

検察審査会で起訴相当議決が出る可能性

―― 最近、安倍氏はメディアに頻繫に登場したり、議員連盟に積極的に参加するなど、存在感を高めています。しかし、1億5000万円について何ら説明責任を果たしていません。安倍氏をこのまま放置するわけにはいきません。 郷原 私は1億5000万円の件も菅原氏の事件と同じように、主戦場は検察審査会になると考えています。6月18日に東京地裁が克行氏に判決を言い渡すことになっていますが、この裁判の最重要論点は政治資金の寄付と買収の関係です。裁判所が「克行氏の現金供与が党勢拡大や地盤培養行為の一環としての地元の政治家たちへの政治資金であっても、案里氏を当選させるために金銭を供与したのであれば買収罪になる」という判断を下せば、安倍氏に関しても、そのような党勢拡大等の政治資金としての供与のための資金だと認識した上で1億5000万円を提供した行為は買収目的交付罪にあたることになります。そうなれば、安倍氏は告発される可能性が高い。  もっとも、裁判所が今回の判決でそこまで踏み込むかどうかはわかりません。私は検察の論告を入手して読みましたが、そこには「党勢拡大」や「地盤培養」という克行氏側の主張への反論は全く出てきませんでした。「政治資金の寄付」という言葉も見当たりませんでした。彼らは最重要論点をスルーしてしまっているのです。弁護側も、冒頭陳述では強調していた「地元政治家への寄附」ということには全く触れていません。そのため、裁判所も政治資金の寄付と買収の関係についてまともに判断しない可能性があります。  しかし、たとえ東京地裁が踏み込んだ判断を行わなかったとしても、克行氏からお金をもらった広島の市議や県議たちの問題が残っています。買収者側が有罪である以上、検察は被買収者たちを嫌疑不十分による不起訴にすることはできません。もしあるとすれば、犯罪は認められるがあえて起訴しないとする起訴猶予でしょう。  しかし、公選法違反の買収事件には基準があります。私が検察官だったころは、受領した金額が1万円未満であれば起訴猶予、1万円から20万円であれば略式請求(罰金刑)、20万円を超える場合は公判請求(懲役刑)というのが一般的な基準でした。この基準はいまも変わっていないと思います。広島の県議や市議たちが受領した金額は、10万円から50万円、最も多額の者は150万円でしたので、彼らを起訴猶予にすることはあり得ないのです。  仮に何らかの口実をつけて無理やり起訴猶予にしたとしても、検察審査会に審査が申し立てられるでしょう。検察審査会は起訴相当議決が出る可能性が高く、検察も結局起訴せざるを得なくなります。そうなると、彼らは改めて「政治資金としての寄附」だったと主張する可能性が高い。このような流れの中で、政治資金であっても当選させる目的で供与すると買収罪が成立することが明確になってくると、安倍氏に対する告発もやりやすくなると思いますし、検察が不起訴にしても、検察審査会での審査に期待できます。  その意味で、検察審査会が菅原氏の公選法違反事件に起訴相当議決を出したことは、画期的なことなのです。検察が捜査をためらったり、そもそも捜査する気がない場合でも、検察審査会が頑張れば起訴に持ち込むことができるのです。たとえ検察が狡猾な「検察審査会外し」を行おうとしても、菅原氏のケースのように、検察審査会は、職権審査でそれをはねつけることもできます。  安倍氏が昨年、総理を辞任するまで体調を悪化させたのは、克行氏と同じように公選法違反の刑事責任を問われる可能性を認識し、相当のストレスを感じていたからだと思います。その状況は現在も変わっていません。検察が独自に安倍氏を捜査することはないにしても、検察審査会が起訴相当議決を出すことは十分考えられます。安倍氏は何事もなかったかのように政治活動を再開させていますが、自分がどういう立場に置かれているかということを、もっと真剣に考えたほうがいいでしょう。 (6月1日 聞き手・構成 中村友哉) <記事初出/月刊日本2021年7月号より> ごうはらのぶお●’55年生まれ。東京大学理学部卒業後、民間会社を経て、1983年検事任官。東京地検、長崎地検次席検事、法務総合研究所総括研究官等を経て、2006年退官。「法令遵守」からの脱却、「社会的要請への適応」としてのコンプライアンスの視点から、様々な分野の問題に斬り込む
げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。
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月刊日本2021年7月号

【特集1】【特集1】言論の府・国会は死んだ
【特集2】「コロナ五輪」強行! 翼賛メディアの大罪
【特別インタビュー】1億5千万円問題 検察審査会が安倍晋三を追いつめる 弁護士・元東京地検特捜部検事 郷原信郎


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