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『鬼滅の刃』を見た東大生が痛感した「頭はいいのに残念な人の特徴」

当日に全力を出し切れるように準備をする

 何かとても重要なイベントがあるなら、それに対し準備して、対策を練るのは当たり前のこと。特に劇中のような「準備不足」が死に直結する局面では、どれだけ準備をしても、しすぎということはないと思います。  たしかに魘夢は戦術面ではしっかり準備をしていました。ですが、彼はある準備を怠っていたのです。それは「自分が当日に全力を出し切れるようにする準備」。  僕は、一大事に臨む際の準備には「自分が当日に全力を出し切れるようにすること」までが含まれると思っています。たとえば、受験生の場合だと、いくら勉強したとしても、試験当日に実力を発揮できなければ、試験に落ちてしまうわけです。  たとえ試験に落ちても「今日までずっと勉強してきたのに!」という言い訳は通じません。あらゆる準備はイベント当日に万事がうまくいくために行うのであって、自分の自己満足のために行うものではありません。

「たら・れば」は結局、負け惜しみ

 現実でも「実力が発揮できなかった」「うまく全力が出なかった」というコメントはよく聞きます。これを聞くたびに「あぁ、この人は残念だなぁ」と僕は思ってしまいます。 「全力を出していたら」「実力が発揮できてれば」のような「たら・れば」は結局、負け惜しみにしか聞こえません。そこまで悔しがるのなら、全力を出せるように調整しておくべきなのです。 「イベントがうまくいくこと」が目標なのであれば、イベント当日のコンディションの調整まで含めて、準備なのではないでしょうか。
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「残念すぎる人」にならないためには…
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