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「ついキレてしまう」の嘘。「怒りをぶつけても良い相手だからキレている」が正しい

 

自分の傷つきを自分で癒せない人がキレる

 しかし、そうであっても叱責されたことによる傷つきや悲しみはあります。問題はこの傷つきや悲しみをどのように癒すかです。癒すことなしには、その傷つきはずっと残り続けるからです。  傷つきを癒す一番の方法は、誰かにそれをシェアして、受け止めてもらうことです。「そんなふうに言われたら傷つくね」「頑張ってやったのに、何も認められないと虚しく、自分の存在価値がないように感じてしまうよね」というように(GADHAではこれを情動調律と呼びます)。  なぜこれによって傷つきが癒されるのでしょうか? 傷つきとは、解釈の不一致と強要のことだからです。人が傷つくときは、必ず「自分の解釈」と「他者の解釈」のズレと遭遇し、かつ自分の解釈が尊重されず、一方的に決定されるときです。  例えば「自分は頑張った」つもりなのに「お前のせいで余計な仕事が増えた。能無しだな」などと言われると、本当に辛いのです。それは傷つくことです。解釈の不一致があり、かつ一方的にどちらかがその解釈を固定化し一方がそれを甘受するしかないからです。  ですから、誰かに自分の解釈を共有し、それを尊重された時、人は安心し、癒されるのです。自分の解釈が安定するからです。

うまく頼ることのできない加害者たち

 しかし、加害者には明確な特徴があります。それは自分の感情をうまく認識できず、全てをイライラやムカつきとして捉えてしまうということです。そこには本当は悲しみや傷つきがあるのに、それをうまく理解できないのです。  そうすると誰かにそれを共有して受け止めてもらう依頼ができません。自分が本当は何を感じ、何を受け止めて欲しいのかもわからないからです。しかし、傷つきはそこにあります。そのような人間はどうすればその傷つきを癒せるでしょうか。  もうお分かりだと思います。それは「自分が相手に解釈を強要すること」です。 これによっても、解釈が安定するからです。そして、これこそが「キレる」に繋がる理路なのです。  よくDV被害者の方は「加害者が何に怒るのか予想できなくて怖い」「それがコロコロ変わる」ともおっしゃいます。その背景はいまや明確です。  加害者がキレるポイントは「なんでも良い」のです。自分の解釈を相手に無理矢理強要し、相手の感じ方や考え方を捻じ曲げること、「自分の思い通りに感じ考え行動させること」「それによって自他の解釈を一致させで安心すること」が目的だからです。
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「怒りを我慢する」と「傷ついている自分を認める」事は全くの別もの
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DV・モラハラなど、人を傷つけておきながら自分は悪くないと考える「悪意のない加害者」の変容を目指すコミュニティ「GADHA」代表。自身もDV・モラハラ加害を行い、妻と離婚の危機を迎えた経験を持つ。加害者としての自覚を持ってカウンセリングを受け、自身もさまざまな関連知識を学習し、妻との気遣いあえる関係を再構築した。現在はそこで得られた知識を加害者変容理論としてまとめ、多くの加害者に届け、被害者が減ることを目指し活動中。大切な人を大切にする方法は学べる、人は変われると信じています。賛同下さる方は、ぜひGADHAの当事者会やプログラムにご参加ください。ツイッター:えいなか

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