ライフ

パートナーに理想や成長を求めるのは愛ではない。不幸になる構造の正体とは

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愛とは、相手の理想を追い求めることではなく今、目の前にいる相手を受容すること

強い自己否定に基づく、「成長欲求」という害

 こんにちは。DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。  僕自身もDV・モラハラ加害者です。そのせいでたくさんの人を傷つけ、仕事や家庭が破綻寸前になり、ようやく自身の加害行為、それを生み出す加害的な思考・価値観を自覚しました。現在は日々自分の言動を改善しながら、妻と関係を再構築させてもらっています。  この連載では、僕自身の経験や当事者会での気づきを共有していきます。職場や家庭でモラハラに苦しんでいる方々、無自覚に加害を行っている方々の参考になれば幸いです。  以前の記事『モラハラ加害者が陥る“正義依存症”。他人を責めるとき「爬虫類のような目をしている」』で述べたように、モラハラ・DV加害者には以下のような特徴を持つ群があります。 ・成長欲求が強いが、その裏には強い自己否定感情を伴っている ・自己否定感情が強いので熱中する何かをしていないと恥、死にたい感情に襲われる ・説教している間「無罪」になる気持ちよさで楽になっている≒依存症的である 「ここもダメ、あそこもダメ、満足するな、もっと変われる、成長できる、努力が足りない、もっと頑張れる、こんなんじゃダメ、もっとすごい人がいる」と自分を追い込む人は、パートナーのことも「べき、ねば、正解、当然、普通、当たり前」という言葉で簡単に追い込んでしまいます。  自分にも他者にも、何かここに存在しない理想を幻視して、ズレがあったら理想を修正するのではなく、現実の方を間違いだとみなすのです。

自己否定が強い人は周囲の人をも否定する

 でも、私たちは現実を生きています。理想と現実があったときに、現実を常に否定し続けるということは、自分や他人という存在そのものを否定しているということと同じです。  繰り返しになりますが、このような考え自体が加害者自身のことも苦しめています。死にたいほどの自己否定感情を反転させて死に物狂いで頑張っている人間は、「理想」のために現在を犠牲にしています。  さらにはそれによって親しいパートナーをも傷つけ、失い、孤独になることで自分のことも傷つけているのです。しかし加害者は自分を不幸にしているこの構造全体に気づけません。  誰より加害当事者である僕自身が、この構造に気づくにはずいぶん時間が必要でした。
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理想を追い求めるあまり「今、ここ」の状態から目を逸らしていた
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