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妻に「復職してほしい」と言えなかった男が取った、理論武装という形の屁理屈

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「弱音は吐けないけど、わかってほしい」という気持ちを素直に表せず、理論で説き伏せようとする人々

「自分のニーズを正しさでごまかす」という加害

 DV・モラハラ加害者が、愛と配慮のある関係を作る力を身につけるための学びのコミュニティ「GADHA」を主宰しているえいなかと申します。  僕自身もDV・モラハラ加害者です。そのせいでたくさんの人を傷つけ、仕事や家庭が破綻寸前になり、ようやく自身の加害行為、それを生み出す加害的な思考・価値観を自覚しました。現在は日々自分の言動を改善しながら、妻と関係を再構築させてもらっています。  この連載では、僕自身の経験や当事者会での気づきを共有していきます。職場や家庭でモラハラに苦しんでいる方々、無自覚に加害を行っている方々の参考になれば幸いです。  GADHAでは毎月、メンバー同士での相談と回答が数百にも及びます。例えば「家事の分担」のように似たトピックもたくさんありますが、一方で「一見別のことのように見えて、結局同じ加害の構造だ」と気づくものもあります。  今回紹介するのは「論理的に考えて〜」と言いつつも、要するに自分がそうしたい/そうして欲しいという希望=ニーズを持っていることがよくあるよね、というお話です。  僕はそれを「自分のニーズを正しさでごまかす」と呼んでいます。そして、それは簡単に加害になるのです。その具体例と理由を述べていきます。

自分の本当のニーズがわからないと攻撃してしまう

   例えば最近ではこんな事例がありました。 「どうも妻が論理的じゃなくて困ります。妻が子どもが3歳になるまでは保育園に行かせたくない、だって小さい頃はお母さんが近くにいて育ててあげないと、愛情不足でかわいそうだと言うのです。だから復職はせずに専業主婦をすると。しかし、そんなことを言ったら世の中のほとんどの子どもはかわいそうということになるし、それはおかしいでしょう。かわいそうというのは相対的な評価であり、もし平均がそうであるならかわいそうという評価は成り立たない。結局、そんなの論理的じゃなく理由にならないからと保育園には行かせ復職もさせたのですが、後から嫌だったと言われて……」(とある相談者)  加害者の人は少なからず「自分は理屈っぽい」「論理的に相手の意見を潰してしまう」といった認識を持つ人がいます。僕自身もまさにそのような人間でした。  そして変容を続ける中でも「論理的であることは正しいが、相手の感情も大事である」と思っていました。しかし、実は今はさらに踏み込んだ考え方をするようになりました。  それは「論理で導き出そうとしているその答えを、自分がそもそも望んでいるのではないか? 論理は、そのニーズが先にあって、そのニーズを実現するために使っているに過ぎないのではないか?」と。
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「口に出しては言えないけど、察してほしい事柄」を”論理”で覆い隠す
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