更新日:2023年02月19日 14:55
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第58寿和丸はなぜ沈没したのか。日本海難史上最大のミステリー、著者に聞く

謎を追い3年、見えた“真実”

――なぜこのテーマを扱おうと思ったのでしょうか? 伊澤理江(以下、伊澤):偶然、別件の取材で福島を訪れていました。2019年のことです。そこで、第58寿和丸を運行していた漁業会社社長と地元記者の雑談を耳にしたんです。

伊澤理江さん/撮影:穐吉洋子

「あれ、変な事故だったよね」と言っている。事故から10年以上が過ぎていたのに、事故を起こした漁船の船主さんと地元のベテラン記者が「おかしい、おかしい」と話しているんですね。何かをものすごく疑っている。その会話を横で聞きながら、直感的に思いました。何か、とんでもないものが潜んでいそうだ、と。  私にとっては、漁船も海も縁遠い世界でした。それでも、この不可解な事故が「なぜ起きたのか?何が寿和丸を沈没させたのか?」の答えを求めて取材を始めました。謎解きに取り憑かれたとも言えます。

事故調査報告書の結論は「大波による転覆」

――そこから3年もかけて取材をしています。よく、そこまでこの取材にのめり込みましたね? 伊澤:事故が起きたのは2008年ですが、その3年後の2011年、東日本大震災直後の大混乱の中、国の事故調査報告書が公表されました。結論は「大波による転覆」。  しかし、波で転覆しただけでは、漁船の構造上、生存者らが証言する大量の油は一気に漏れないんです。生存者、僚船乗組員、船体工学の専門家、油の専門家……会う人、会う人、みんな、「沈み方がおかしい」「船体が破損したはずだ」「報告書の結論は強引過ぎるのではないか」と口を揃えました。実際のところ、この事故原因に疑念を抱いていたのは、福島で出会った社長と記者の2人だけではなかった。

伊澤理江さん/撮影:穐吉洋子

 国による事故調査は終わっており、疑問を持っていた人々は、どうしていいか分からなかったんです。  私が長期にわたり取材に没頭したのは、いろいろと調べていくうちに、この船の事故原因を探る「謎解き」に留まらないものが見えてきたからでもあります。日本社会の“闇”の深さ、海面下に繰り広げられる世界……。最初は想像もしていなかった世界が、です。 ――読んでいて、驚き、呆れ、憤り、涙し、そして苦しくもなりました。一方で、救いのない話かと思えば、最後は「希望」も垣間見られますね。 伊澤:『黒い海』に出てくる人々は、ある日突然降り掛かってきた理不尽にもがき苦しみながら、それでも前を向いて、生きていかざるを得ない。そういう人たちです。何か、特別なものを持っているわけでもなく、特別な地位にいるわけでもありません。  みんな、本当に大変な目に遭った。それでも、東日本大震災という、とんでもない出来事の後には、瓦礫の中で折れてもなお咲く一輪の花に一条の光を見ようとしました。花を自分に重ね合わせ、希望を見出すんです。  不条理は誰の周りにもあります。私にも読者の皆さんにも。そのまま折れてしまうのか、上を向くのか。『黒い海 船は突然、深海へと消えた』は、事故を題材にしながらも、“泥“の中に立つ人間の生き様や人間の尊厳、生きていることの美しさをも描いた作品です。 伊澤理江(いざわりえ) 1979 年生まれ。英国の新聞社、PR会社などを経て、フリージャーナリストに。本編が初の単著となる。調査報道グループ「フロントラインプレス」所属。TOKYO FMの調査報道番組「TOKYO SLOW NEWS」の企画も担当
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黒い海 船は突然、深海へ消えた

日本の重大海難史上、まれに見る未解決事件

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