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8.6秒バズーカー、キッチンカーで再起の真相「ラッスンのときより大変な日も」

ゼロからのキッチンカー営業には苦労も

――今でこそ絶好調ですが、大変さはありましたか? はまやねん:キッチンカーって割と安めの設備投資で始められるイメージもあると思うんですが、いろいろとお金がかかりました。タペストリーや横断幕、それを立てるための什器や照明、消火器なども購入しなくてはいけないんです。最初の頃は売り上げを出しても、そういう機器の購入に費用がかかるので、利益が上がりにくかったですね。 ――基本的に身体一つで地方に営業に行く芸人さんとしての営業と違って、車を持って行かなくてはいけないのも大変そうですね。 はまやねん:まず、地域ごとに営業許可証をとらないといけないのが大変でした。新潟や大阪で出店しようと思ったら、キッチンカーを事前に一度その土地まで運転して行って、営業許可証だけ取って帰るという工程が必要なので、これはしんどいですね。 こないだも、片道4時間半かけて岐阜まで運転して、紙一枚(許可証)だけもらって、また同じ時間かけて帰るんですよ。帰り道に「これ、なにしてるんやろ?」って思いますよ(笑)。 ――運転は何人かで交代ですか? はまやねん:一人で行きます。イベントが地方で朝からだったら、夜が明ける前から仕込みをして、長時間運転して、現地で設営をして、営業なので、体力的にはかなり大変です。 仕込みも例えば100食だと3時間くらいはかかります。移動も、シートが倒せないトラックなのもきついですね(笑)。下手したら、「ラッスン」で忙しかった時くらい大変かもしれません。

あの頃は、いろいろ壊れていた

――「ラッスン」のブレイク、きっかけはなんだったんですか? はまやねん:ナインティナインさんが主催する9月9日のイベントに呼んでもらったんです。その時に、NGK(なんばグランド花月)が揺れるくらい笑いが起きたんですよ。 そこから『ごきげん!ブラニュー』(朝日放送)という番組に出させてもらってネタをやったら、Twitterの通知が止まらなくなって、そこで「これは売れるんちゃうか」と思いましたね。 ――絶頂期にしか体験できないエピソードはありますか? はまやねん:1日で東京と大阪を2往復半したことあります。マジで、今どこにいるかわからなくなるんですよ(笑)。1日の仕事が22本とか入っている時期もありましたね。テレビに出演する時も、台本に目を通す時間さえなくて、飛び込みで入って収録終わったら飛び出しで次の仕事へって感じでした。 ――当時、そのブームは続くと思っていましたか?終わると思っていましたか? はまやねん:忙しすぎて、何も考えられなかったです。ひたすら現場に行ってラッスンやっての繰り返しで(笑)。 ――脳みそがやられてしまってる(笑)。 はまやねん:体もやられていたかもしれません。着替える時間もなくて移動中もずっとあの半ズボンの衣装なんですけど、2月の極寒の時期でも、自律神経がバグっちゃってるので寒さも感じなくなってました(笑)。
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