結成35周年の爆笑問題「いつまでもプレーヤーとして舞台に立ち続けたい」
YouTube「爆笑問題のコント テレビの話」
――30周年のときには、「まだテレビでやりたいことができてない」とおっしゃっていました。
太田:『ひょうきん族』みたいな番組が大好きだったから、ずっとゴールデンのコント番組を夢見てきた。まぁもう無理だろうとは薄々思ってるけどね。
――YouTube(「爆笑問題のコント テレビの話」)を始められたのも、その思いで。
太田:そうそう。ああいうシチュエーションコントをずっとやりたかった。YouTubeでならやれるかもって聞いて、じゃあやってみるかって。 ――時事ネタでコントをやるのって、スピード感もいるし、カロリーが高いですよね。 太田:しかも、リハとかもちゃんとやるから。 田中:収録前日に台本の読み合わせをやるけど、本番だとまったくその通りにならない(笑)。 太田:いったいなんのための読み合わせなのかね? 田中:台本をいちばん無視してるのお前だろ! ――爆笑問題の35年という歴史のなかで、田中さんは何度か大病をされ、近年はネガティブな発言もちらほらありました。 田中:ああ、1~2年前の。よく言ってたやつ。 太田:「死を意識した」とか言ってたよ、あの当時。みんなドン引きだったんだからな。 田中:今は大丈夫なんですけどね。ただツーショット(※)が始まって、年末年始のネタを毎日作るのが近づいてくると、「もう何も楽しいことがない……」って思っちゃうんですよ。 ※爆笑問題のツーショット:1時間ノンストップで繰り広げる漫才DVDシリーズ。’06年から毎年制作。Amazon Primeなど配信サービスでも視聴可能
いつまでもプレーヤーとして舞台に立ち続ける
――毎年本気のネタを仕上げるわけですもんね。既に芸歴も長いですし、大御所としての地位も目の前ですかね?
太田:ならないと思うよ。オレらは意識したこともない。キングカズが1軍に上がれなくたって現役を続けているでしょ。そりゃカズと俺たちを比べるのはおこがましいけど、あの気持ちはすごくわかるんだよね。いつまでもプレーヤーでいたい、やり続けたいって。
田中:僕もいわゆるプロデューサーとか裏方側は考えたこともない。できないしね。
太田:うん。何が面白いのか、全然わかんない。
田中:プレーヤーとして続けていきたいね。ただ漫才もネタ飛ばすし、忘れるしね。そうなると、だんだん「なんの希望もない」ってなっちゃうんです。だからまぁラクはしたいですよね。
太田:35周年に「ラクしたい」ってどんな宣言だよ(笑)。
Bakusyo Mondai
ボケの太田光とツッコミの田中裕二が1988年に結成したコンビ。1993年、芸能事務所「タイタン」を設立し、同年にNHK新人演芸大賞を受賞。その後は破竹の勢いで活躍し、東京を代表する芸人に。MC番組は、『サンデー・ジャポン』(TBS系)など多数
インタビュー/九龍ジョー 文/ツマミ具依 撮影/鈴木大喜 メイク/升田みづき(GiGGLE) 編集/近藤史章
―[インタビュー連載『エッジな人々』]―
企画や体験レポートを好むフリーライター。週1で歌舞伎町のバーに在籍。Twitter:@tsumami_gui_
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