ライフ

他人の失敗には“情報としての価値”がある。風俗店で窮地に陥ったおっさんの機転

質問の意図を理解できない高槻さんのコミュニケーション能力

1658446_m しかしながら、高槻さんはその意図があまり理解できず、上記のような回答をしてしまうのだ。失敗自体は置いといても「怖くなって放置していた」「バツが悪いのでそのままにしておいた」など、ほとんど失敗に向き合っていないし、解決もしていないので、やはり質問の意図を理解していないのだろう。あと上司の悪口をネットに書く、は本当にやめたほうがいい。 「高槻さん、それらの失敗談は本当によくないです。クズすぎます。でもそれ以上に、質問の意図を理解していないのがまずいです」  高槻さんを優しく諭す。もっとこう、失敗に向き合ってそれを克服したみたいな話はないのか、それを答えるべきだと問いただす。  高槻さんは恐ろしいほどの苦悶の表情を浮かべていた。失敗だけはやまほどあるのに、それに向き合ったことも、それを克服したこともない、そんな表情だった。この世の中にはそんな人がいるのだ。 「あった、失敗を克服した経験!」  何かを思いついた高槻さんは嬉々としてその体験を話し始めた。  ある日のこと、ちょっとした臨時収入があった高槻さんは、少し奮発して若い娘が多く在籍する風俗店へと赴いたそうだ。  白を基調とした店内は清潔感に溢れていて、店員もハキハキと喋るしっかりとした男性だったらしい。待合室に通された高槻さんは高鳴る胸の鼓動を抑えながら、女の子が出てくるのを今か今かと待った。しかしながら、ふと自分の手元を見るととんでもない失敗をしていることに気が付いた。 「やべ、爪が伸びていた」  この店は、女の子の体を傷つけないよう、プレイ前に爪の長さチェックがある店だった。高槻さんの爪は伸びすぎてオドガロン(惨爪竜)みたいになっていたそうだ。  このままではプレイ前の検査に引っかかってしまう。ハキハキしているんだけど怒ったら怖そうな店員に徹底的に詰められてしまう、高槻さんは自分の失敗が巻き起こした事態に動揺が隠せなかった。 「しかし気が付いたんだよ。こういう爪のチェックが厳しい店はな、たいてい待合室に爪切りが置いてあるんだ」  周囲を見回すと、確かに爪切りが置いてあった。これは幸いと店員のチェックが入る前にパチンパチンと爪を切ったようなのだ。

プレイ前に致命的大失敗を犯してしまった高槻さん

「それが自分が犯した失敗とそれを克服した経験ですか?」  問いただす。風俗に行って爪が伸びていたのが失敗で、爪切りを見つけて爪を切ったのが克服した経験ならば、完全に頭がおかしい。どうかしている。この質問には「本当にそのエピソードでいいのか?」という問いとは別に「お前は頭がおかしいのか」という問いかけも含まれている。 「そうじゃない。話はここからだ」  しかしながら、高槻さんは首を横に振った。 「どうせなら徹底的に深爪にしてやって、女の子への気遣いを見せようと思ったわけよ。深爪なほど女の子の体を気遣っているわけだからな」  高槻さんは、とにかく深爪にしてやろうと普段は切らないレベルの場所まで切り始めた。それが悲劇の始まりだった。あまりに深爪が行き過ぎ、訳の分からない場所を傷つけてしまったために、指から血が出てきたのだ。それも、まあまあの勢いで噴出してきたらしい。  高槻さんは焦った。この出血をなんとかしなくてはならない。止めなくてはならない。とりあえず、これまた待合室にあったティッシュで指を包んだのだけど、そのティッシュもどんどん鮮血に染まっていく。やばい、こんなに血が出ていたらこの後のプレイとか中止になってしまう。何日も前から予約した人気の女の子だ。プレイ中止だけは避けなければならない。 「これが俺の失敗、そしてその失敗が巻き起こした困難だ」  高槻さんは得意気に言った。そして、この困難をどのように克服したのか話し始めた。 「なんとか根元を圧迫することで一瞬、血が止まるんだけど、それはほんの一瞬なのね。店員の爪の長さチェックはそれで出血がバレることなくクリアできたけど、そう長いことは続かない。  これからいよいよ、女の子が案内されてくる。この出血を見たらプレイは中止になるだろう。せっかく予約したのに。人気の子なのに。そこで高槻さん苦肉の解決策を繰り出す。 「コンドームだよ」  高槻さんはいい年をしたおっさんではあるけど、童貞高校生のように財布の中にコンドームを忍ばせていた。出血した指を男性器に見立ててコンドームで覆い、出血を誤魔化すという作戦だ。
次のページ
はたしてコンドーム作戦の成否は
1
2
3
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


記事一覧へ
おすすめ記事