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最近、とある元非合法地帯を探索してみた記録。かつての面影は消えどその空気は絶えず

おっさんは二度死ぬ 2nd season

カゲロウデイズ

 みなさんは「ちょんの間」というものをご存知だろうか。一般的にはそんなに知られていない言葉なのかもしれないけど、何度かこの日刊SPA!でも取り上げられているので、聡明な読者諸兄ならご存知のことだろう。 「ドアを開け放ちケツ丸出しで寝ている住人も…混沌とする黄金町」  相変わらず日刊SPA!の記事タイトルはなかなかに煽り度が高い。「ドアを開け放ちケツ丸出しで寝ている住人も」ってちょっと普通の雑誌では出てこないタイトルだ。  さて、この「ちょんの間」、もともとの語源は「ちょっとの間に行為をする」というところからきている(※諸説あり)。行為とは、もちろん性行為を指す。  かつて、非合法ではあるけど半ば公認で売春が行われていた地帯、赤線・青線地帯を起源とするものだ。いわゆる裏風俗というやつだ。  詳しくは上記の記事を読んでもらえるとわかると思うけど、本当に「ちょっと性行為をするだけ」のこの店は、サービス時間も短時間で、ちょっとした時間にちょっとした空間でがモットーのようだ。だから店自体もちょっとした建物が密集するように建てられている。  ドア一枚分の開けられた間口に怪しいネオンが煌めき、そこに女性が立っている。好みの女性を選んで建物に入り、奥の空間で行為に至るというのが一般的だろうか。店自体はそれに特化した特徴的な建物であることが多い。  かつては日本の各地に多く存在した「ちょんの間」であるけれども、現在では各都道府県の警察による徹底的な取り締まりにより、一部の地域を除いてほぼ壊滅状態である。ただ、これはそんなに太古の昔、戦後まもなく、みたいな古い話ではなく、近年にまで立派に「ちょんの間」は存在し、営業してたのである。壊滅したのは本当に最近だ。  僕は取材で全国に行くのだけれども、そのついでに、かつては「ちょんの間」だった地帯を訪れるようにしている。もちろん、そのほとんどが壊滅しているので性風俗を楽しむというわけではなく、取材というわけでもない、完全に趣味で跡地を訪問しているのだ。  なんというか、かつての面影を見るというか、在りし日に思いを馳せるというか。ここにそういうものがあったという事実を感じたいのだ。歴史好きが城址などを訪れてかつてそこで繰り広げられた歴史的な事件に思いを馳せるように、ちょんの間だった場所を訪れて何かに思いを馳せるのだ。

ちょんの間の跡地を訪ねてみた

 つい先日のことだった。  K県でポッカリと空いた時間ができたので、これはチャンスだと壊滅したちょんの間を見学することにした。K県はちょんの間が盛んだったようで全国的に有名な場所がいくつかある。手始めに、Y市にあるかつてちょんの間だった地帯に行ってみることにした。  中心的なY駅から数駅、駅に降り立つと、なんてことはない普通の住宅街が広がっていた。情報によると、駅からすぐ近くの場所にちょんの間だった地帯が広がり、ずーっと隣の駅までの線路沿いにそういった店舗が点在していたようだ。  駅から少し歩くと、すぐにその地帯に入ったと分かった。明らかにそれとわかる建物が建ち並んでいた。ドア一枚だけのスペースの狭い入口が延々と並ぶ。隙間なくドアだけが並んでいる光景はなかなか圧巻だ。  かつてはこのドアを開けた状態でそこに女性が立っていて客引きをしていたのだろう。  ただし、今はその全てのドアが閉まっていて、ほとんどカーテンが閉まっている。カーテンの隙間から散乱したゴミなどが見えていたので、おそらく空き店舗になっているのだろう。かつては怪しげな光を灯していたであろう電灯もほとんどが外されていた。  多くの人で賑わったであろうこの“ちょんの間”。ここの壊滅作戦はなかなかすごかったようで、この一帯を機動隊の装甲車で取り囲み町全体を封鎖して、人の流れを絶ったらしい。  色々なことに思いを馳せながら通りを歩く。  それっぽい建物が次々に登場してくるけれども、その全てがひっそりとしている。それに混じってアート的な展示場や真新しくオシャレな店も見られた。おそらく、ちょんの間が壊滅したこの地帯をアートやクリエイターの場所として復興させたいようだ。

風俗の客引きに聞いてみたが……

 そんなことを考えていたら、あっという間に隣の駅まで歩ききってしまった。  さて、次の場所に行ってみよう。Y市からそう遠くない場所にあるK市にも、かつてはちょんの間が存在した。しかも、K市には2つ存在したというから驚きだ。とりあえず、その片方の場所に行ってみよう。  駅から少し離れた場所。近くに競馬場があるその場所は、なんてことはない。ただの風俗街だった。いまでもしっかりと風俗店(正規といっていいかわからないけど表立って営業している風俗店)が煌びやかなネオンを灯して営業している風俗街に、ちょんの間が混在していたらしい。  周辺をぶらりと歩いてみる。さすがに有名な風俗地帯だけあって風俗店が多い。あちこちにある。ただし、そこにはちょんの間と思わしき建物は見当たらなかった。 「お兄さん、写真だけでも、写真だけでも見て行って!いやだったら帰ってもいいから」  表立って営業している風俗店の客引きが激しい。僕はこういう、写真だけ見て行って好みの子がいなかったら帰るってのはけっこう失礼だなと思ってできないタイプだ。だからこういった呼び込みに応じることはないのだけど、今日は自分から話しかけてみた。 「すいません、いまちょっと、ちょんの間の跡地みたいなの探してるんですけど、この辺にありませんか?」 トランプのジョーカーをめちゃくちゃ太らせたみたいな店員がめちゃくちゃ深く考え込む。 「むかしは裏通りに跡地みたいなのあったみたいだけど、いまはどうかなー」  こっちが申し訳なくなるくらい真剣に考えてくれて、中にいる重鎮みたいな店員にまで問い合わせてくれた。あとちょうど出勤してきた女性にまできいてくれた。ここまでされたら写真見学でもしたほうがいいのかもと思わせるほどの親切っぷりだ。  結局、あらゆる問い合わせの結果、今はない、ということになった。
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突然の戦闘民族とのエンカウントに慌てふためく僕
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テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


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