ライフ

伝説を生む種は、どこにでも転がっている。とある“伝説の男”がそれを証明してくれた

おっさんは二度死ぬ 2nd season

伝説のキミちゃん

 “伝説”ほどあてにならないものはない。  伝説とは、それらが語り継がれていく過程で尾ひれがついていくもので、実際のそれよりもずいぶんと大げさに表現されているものだ。実際にその伝説に胸をときめかせていると、大きな肩透かしを食らうというか、期待外れに終わる、それが伝説というものだ。    思うに、伝説とは語り継ぐことだけが目的であり、その段階においては既に本体はあまり意味をなさないのだろう。だから、実態と乖離した話だけが延々と伝播していき、どんどん実態と乖離していくのだ。 「伝説のキミちゃん」  おっさん仲間のなかでそう呼ばれる伝説のおっさんがいた。キミちゃんは主にスロット屋に現れるおっさんで、とにかく伝説であった。存在自体が伝説というもので、多くのおっさんがキミちゃんの武勇伝を嬉しそうに語った。 「昨日はキミちゃんが来ていたらしい」 「まじかー、あの伝説の」  キミちゃんの存在はおっさんたちを少年のように喜ばせていた。楽しそうにキミちゃんの話をするおっさんどもは完全に心を奪われていたし、なんだか胸をときめかせていた。  その反面、僕はあまり面白くない気持ちでいた。伝説なんて内輪で盛り上がってる楽屋ネタの最たるもので、その外にいる人間にとってはあまり面白いものではないのだ。 「なにが伝説なんですか?」  質問してみる。僕はキミちゃんに会ったことがないので、他のおっさんどもがこれだけキミちゃんに心奪われている理由が分からないのだ。

キミちゃんが巻き起こした驚きの現象とは

「キミちゃんは常に我々の予想を超えてくる」  返答は期待したものではなかった。なんというかあまりに抽象的だ。 「もっとこう、具体的な伝説エピソードはないんですか?」 僕の突っ込んだ質問に対し、おっさんどもも歯切れも悪い。ただただ存在が伝説というだけで具体的な話が出てこない。 「あれだ、ほれ、あのイベントの時の聖剣伝説だ」  困り果てたおっさんどもが絞り出したエピソード、それがキミちゃん聖剣伝説だ。  けっこう前のことで、まだパチンコ屋もイベントなどが華やかなころだった。聖剣だか龍剣だかをモチーフにした台が導入されたことがあった。それにちなんでパチンコ屋のカウンター前で剣を引き抜くイベントが開催された。  見事に引き抜けたら普段は1ポイントしかもらえない来店ポイントが8000ポイントぐらいもらえるらしく、力自慢の常連どもが我先にと挑戦した。ただ、この聖剣が極悪というレベルで引き抜けなかったらしい。どんな力自慢が挑戦してもビクともしなかったようだ。  そこに現れたのがキミちゃんだ。キミちゃんは、おいおいスロットの設定も極悪だと思ったら聖剣も極悪設定かよと悪態をつきながら聖剣を手にし、踏ん張った。 「うおおおおおおおおおおお」  軍隊あがりみたいなマッチョが挑戦してもビクともしないのだ。どちらかと言えば華奢な部類に入るキミちゃんがいくら踏ん張ろうとも、聖剣は微動だにしない。 「うおおおおおおおおおおお」  キミちゃんは顔を真っ赤にして踏ん張る。その瞬間だった。  バキン!  あまりに歯を食いしばったせいで、思いっきり奥歯が折れたらしい。聖剣を抜こうして奥歯が折れる、それに一同が驚愕し、さすが伝説の男キミちゃん、となったらしい。ちなみに、聖剣は抜けなかったけど奥歯が抜けたということで来店ポイントを2000ポイントもらったらしい。
次のページ
キミちゃん信者たちに連れられ、キミちゃんの家へ
1
2
3
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――


記事一覧へ
おすすめ記事