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日銀が7月に決めた「YCCの柔軟化」ってなに?元日銀副総裁がわかりやすく解説

YCCとリスクマネジメント

経済オンチの治し方

イラスト/岡田 丈

 それでは、伝家の宝刀が抜かれる可能性はどの程度でしょうか。日本経済は輸入品の高騰で、’22年12月のインフレ率(4%)が第2次石油危機以来、40年ぶりの高さになりました。インフレが進むと、資金の貸し手は返済金で買えるものが減少してしまい、金利を引き上げようとします。これを国債市場に当てはめると、10年物国債金利が0.5%から1%に向けて上昇するということです。  日銀がこれまでのように0.5%に抑えようとすると、国債保有者は「インフレが進むと損する」と考えて、国債を売り、日銀は買いで対抗します。この日銀と投資家の闘争は、インフレを反映して市場の金利が高まる限り続きます。これは日銀のYCC維持が破綻したことを意味します。  そこで、万が一起こるかもしれない国債の売り浴びせを前に、伝家の宝刀を抜いて国債金利を1%まで先回りして引き上げてしまおうというのが、今回のYCC柔軟化の目的です。したがって、日銀が“万が一”が起こると予想しない限り、伝家の宝刀は抜かれず、国債金利はほぼ0.5%から高くても0.7%程度に維持されると考えられます。  10年物国債金利を±0.5%の範囲に収めることを「目途」としたのは、インフレ率が上昇している状況では0.7%くらいまで上がるのを許容したほうがYCCを維持できると判断したからでしょう。  以上から、YCCの柔軟化は金融引き締めではなく、長期金利が一時的に上振れするリスクに備えて採用したリスクマネジメントです。日銀が引き締めに転ずるのは、インフレ率が2%で安定しそうだと予想するときです。日銀は今後、インフレ率が2%未満に低下すると見ているため、利上げの判断は来年の春闘の賃上げを見てからでしょう。
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岩田の“異次元”処方せん
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東京大学大学院経済研究科博士課程退学。上智大学名誉教授、オーストラリア国立大学客員研究員などを経て、’13年に日本銀行副総裁に就任。’18年3月まで務め、日本のデフレ脱却に取り組んだ経済学の第一人者。経済の入門書や『「日本型格差社会」からの脱却』(光文社)、『自由な社会をつくる経済学』(読書人)など著書多数

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