更新日:2023年10月05日 14:12
エンタメ

75歳、認知症の蛭子能収が「最後の展覧会」で表現した“人生の儚さと幸福”

路線バスの旅で見せつけた「衰えないスター性」

蛭子能収氏絵画展

作品名「もういっちょうですか?!!」

 また蛭子さんは、大河ドラマに3本も出演するなど、俳優としても大活躍した。3年前程までドラマや映画に出演し、俳優として売れ続けた。私は蛭子さんの演技を見て、「演技にうまいも下手もない」ということを教えられた。演劇など何でもありなのだと。  近年、バラエティー番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」をヒットさせたのは、蛭子さんのタレントとしての底力を表している。テレビ離れが進み、バラエティー番組のヒットを生み出すのが困難になっているなか、それをやすやすとやってのけた、蛭子さんの老年になっても衰えないスター性に、私はつくづく感心した。こんな人、他にいるだろうか。

展覧会で救急隊員が駆けつけるハプニング発生

 私が展覧会を見に行った日に、小さなトラブルがあった。絵を見に来たお客さんの老婆が、会場に続く階段の踊り場で動けなくなってしまったのだ。会場は2階にあり、エレベーターもなく、そこにたどり着くには狭い階段を登っていくしかなかった。老婆は絵が展示されている部屋まで階段十数段を残し、床に倒れ込み立ち往生してしまった。展覧会場にいる私からはその姿は見えなかったが、時折「痛い痛い」と叫び声が聞こえてきた。  1時間以上経って、救急隊員が駆けつけた。救急隊員は、会場まで担いであげることはできるが、老婆の鑑賞を待って、下りの階段から体をおろすことは手伝えない。他にも救急隊員を必要とする人がいて、それは自分たちの任務ではない。だから今日は鑑賞を諦めたらどうかと説得している。しかし、かたくなに「ここまで来たので見に行きます」と言う老婆の声が聞こえてきた。  数分間のやりとりの後、ついに老婆が会場に姿を現した。背中の曲がった体を、手押し車で支えながら歩いている。体にどこか麻痺があるのか、動きはぎこちなく、時おり蛇のように舌を素早く口から出し入れしている。鋭い眼光で、懸命に体を動かしている。  老婆は、壁に掛けられた蛭子さんの絵画を、部屋1周ぐるりと、ほんの5分間ほど鑑賞して帰っていった。東京のど真ん中の路地にある、非常にわかりにくい小さな画廊を、不自由な体を押して訪ねて、2時間近くかけてやっと階段を上ってたどり着いたというのに……。
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作品を見つめる老婆から感じた“人生の儚さと幸福”
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1968年生まれ。構成作家。『電気グルーヴのオールナイトニッポン』をはじめ『ピエール瀧のしょんないTV』などを担当。週刊SPA!にて読者投稿コーナー『バカはサイレンで泣く』、KAMINOGEにて『自己投影観戦記~できれば強くなりたかった~』を連載中。ツイッター @mo_shiina

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