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「競輪から薬学へ」元ガールズケイリン選手が薬剤師を目指す“意外なワケ”

 元ガールズケイリン選手で、現在は国際医療福祉大学薬学部の学生として勉強と研究の日々を送っている橋本蒔子さん(25)。彼女曰く「今、勉強や研究を頑張れるのは競輪のおかげ。人生において大切なことを教えてくれた競輪には感謝しかないです」と語る。まったく異なる分野で活動している今の生活にまで影響を及ぼした彼女の競輪人生とは?  今回は前回に引き続き、薬学部で新たな目標に向かって走り続ける橋本さんのインタビュー後編をお届けする。

今でも心に響いている教官の言葉

競輪

2018年3月、競輪学校の卒業式の日に、同部屋でお世話になった黒沢夢姫選手(114期 旧姓:吉田)との一枚。競輪学校時代について、橋本さんは「同期と教官に支えられた学校生活。この学校での1年間が私を大きく成長させてくれました。努力する初心を教えてくれた、大切な学校です」と語った

 高校時代も勉強一筋、スポーツとは無縁の日々を送っていた橋本さん。競輪学校入学後、周りにいるスポーツ経験豊かな同期と一緒に訓練をしていくうちに、焦りを感じ始めていた。だが、そんな時に一人の教官から聞いた話が彼女の心を突き動かしたのだ。 「競輪学校時代にお世話になった教官の方で、自転車競技で日本代表になったことがある岡希美(おかのぞみ)さんという方がいました。ある時、競技時代にどんな思いで走っていたか、どんな練習、生活を送っていたかを聞く機会があったんです。『私の学生時代は自転車競技にすべてをかけた。蒔子もやるからには一番になる覚悟で取り組まないと』と。それまで、机の上での勉強しかしてこなかった私にとってはすごく刺激的な話でした。この人は頂点に立たないと見られない景色を見ている。私も競輪という世界でその景色を見てみたいと思ったんです」  そして努力を重ね競輪学校を卒業した後、晴れて選手としてデビューしたものの、1年半で代謝制度の対象選手となり引退。だが、ひょんなきっかけで教官の言葉が蘇ることになる。 「引退してしばらく経ったある日、夢の中に教官が出てきたんです。そして『やるからには一番になりなさい』という言葉が蘇ってきまして。教官が見た景色を私も見たいと思っていた、あの時の自分はどこにいったんだろう……、それを叶えられずに私の競輪人生は終わったんだよなって考えたら凄く悔しくなって。それじゃあ、今後進んでいく分野で一番になり、競輪とは違う舞台の頂点に立ってその景色を見よう。そんな想いがあったので、毎日の勉強も続けられました」

引退後も続けている教官からの「訓示」

 活動する舞台が変わっても、競輪学校時代の言葉が蘇り、毎日の勉強も苦にならず続けられた。そんな多大なる影響を受けた教官だけに、引退した今でも定期的に会い、近況報告をしつつアドバイスをもらっているそうだ。 「教官とは今でも大学の試験に受かったり、進級が決まった時など、節目のタイミングで連絡をして会っています。それで、教官と会う時は必ず帰り際に『訓示』をお願いしているんですよ。これは競輪学校時代の慣例で、訓練の終わりに教官から話を聞くのですが、引退した今でも続けてもらっていて。先日も会ったのですが、その時は訓示として手紙を貰いました。その手紙には『視野を広く持って3年生を過ごしてみてはどうでしょう』というアドバイスが書いてあったんです」  実は橋本さん、知り合いの大学院生からも同じような助言をもらっていたのだ。活動の場が変わっても的確なアドバイスをくれる教官。競輪学校時代、相当親身になって話を聞き、彼女のことを理解し尽くしている表れではないだろうか。 「半年に1回くらいしか会わないので近況も大して説明していないのに、ちょっと話しただけで私にとって的確なアドバイスをくれるんです。だから、本当に114期として入って良かったなと思っています。そうじゃなきゃ、岡先生には出会っていなかったですし、今の人生はなかったでしょうね」
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共に走ったガールズ選手が今の原動力に
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