イチローを13年間“守り続けてきた”男「最初はなんて線の細い選手なんだと驚いた」
「2000年の冬、イチローが最初にボールパークに現れた時は『なんて線の細い選手なんだ!』って驚いたね。この選手が本当に日本の安打記録を樹立したのかって。でも次の瞬間、僕はびっくりしたよ。イチローの力強い太ももと引き締まったお尻は、まるでケン・グリフィーJr.のようだった。
その時、私は確信したね。まだ彼がセーフコ・フィールドで一度もバットを振る前だけど、彼はきっと、マリナーズの球史に名を残す偉大な選手になるぞって」
シアトル・マリナーズの本拠地、セーフコフィールドでヘッド・グラウンドキーパーを務めるボブ・クリストファーソンJr.さん(58歳)は、誰より早く、イチローの活躍を断言した人として知られている。その眼力は、20年の「マイナー生活」に裏打ちされた確かなものだ。
◆父と一緒に過ごしたくてグラウンドキーパーの道へ
シアトルから車で1時間、タコマ出身のボブJr.さんは、大学卒業後、社会学の教師として高校の教壇で5年間を過ごした。当時、父のボブ・シニアさんはメールマン(郵便配達員)として生計を立てる傍ら、地元タコマのマイナーリーグ球場のグラウンドクルーとして、日々の暮らしをエンジョイしていたという。
「多忙だった父と一緒の時間を過ごしたかったから、父の仕事を手伝いはじめたんだ。それでトリプルA(日本でいう2軍)のタコマ・レニアーズの球場で、父のグラウンドクルーの仕事を手伝いはじめたんだ」
当時のことをボブJr.さんは、懐かしそうに振り返る。
クリストファーソン一家に小さな変化が訪れたのは、35年前のこと。隣町のシアトルに、メジャーリーグの球団が誕生することになったのだ。
「当時3Aには、シアトルとタコマの2チームがあってね、よく試合をしたものだったよ。そしたらシアトルにメジャー球団ができることになった。新球団が故郷の近くにできることは、とても喜ばしいことだったけど、当時のアメリカはドーム球場、人工芝が全盛の時代。もちろん新しいシアトルのホーム球場(キングドーム=1976年に開場、2000年に爆破解体)も、人工芝の球場だった。天然芝のボールパークだったら、僕らはもっとワクワクしたかもしれないけど、人工芝の球場は、芝の手入れが不要だからね……」
故郷タコマから30マイル、車で1時間北上した港町にシアトル・マリナーズが誕生したあとも、しばらくの間、ボブさんは、マリナーズを応援しながら、マリナーズの傘下になった3Aタコマのグランドキーパーを続けていたという。
転機は突然、訪れた――。
キングドームの老朽化に伴い、シアトルに新球場が建設することとなったのだ。しかも屋根付き、天然芝のボールパークという。父子2代で芝生のメンテナンスを手がけてきたクリストファーソン親子にとって、これは大きな転機となった。
「すぐに新球場で仕事があるなってピンと来てね。面接を受けたのさ。幸い最終候補者の2人まで残ることができて、完成直前のセーフコフィールドでインタビューを受けたよ」
しかしシアトル球団は、ボブJr.さんではないもう一人の職人を「ヘッドグラウンドキーパー」に選んだ。採用されたのは、別の男。ボブJr.さんは、何事もなかったかのように、マイナーリーグの球場のグラウンドキーパーの仕事に戻ったのだった。
◆20年目で念願の「メジャー昇格」
1999年7月にオープンしたセーフコフィールドは、開閉屋根付きの全天候型ボールパークとしてその名を全米中に知らしめた。開場から間もなく1年が経とうとしていた2000年春、ボブJr.さんは、球団から1本の電話を受けた。
「実は、最初のグラウンドクルーを解雇しようと思うのだけど、よかったらマリナーズに来てくれないだろうか?」
こうして2000年7月、マイナーリーグの球場で20年間、グラウンドキーパーを勤めていたボブJr.さんは、20年目にして初の「メジャー昇格」を果たした。
それはイチローがセーフコフィールドに現れる1年前のことある。
以来、13年、彼はイチローと同じく、一度もマイナーに降格することなく、セーフコフィールドの芝生を保っている。
「セーフコフィールドの難しいところは、北緯47度という緯度(日本の最北端・宗谷岬は北緯45度)。トロントやデトロイトよりも北にある、メジャー最北の球場なんだよ。だから日照時間や、雨が多いシアトル特有の気候との戦いなんだよ」
ここで彼はとっておきの話を披露してくれた。
イチローが262本のシーズン最多安打を放った2004年、イチローは本拠地セーフコフィールドのグランドクルー18人全員に、サインボールを贈ったのだという。
「イチローの心遣いが本当に嬉しかったね。だから僕は、イチローが僕に渡してくれた18個のサインボールをトロフィーにして、クリスマスプレゼントとしてグランドクルー全員に贈ったんだ」
◆最も光の当たらない場所に現れた、最も光の当たる選手、イチロー
実は日照の関係で芝の保全が最も難しい場所が、イチローの守るライトなのだという。現在でも試合後、彼が発明した特注の投光器でライトの芝に光を当て続ける。
球場で最も光の当たらない場所にやってきた、チームで最も光の当たる存在の選手。その選手はチームでは「1年先輩」のボブさんの日々の仕事を理解し、敬意を払い続けている。
<取材・文・撮影/NANO編集部&日刊SPA!シアトル臨時支局>
海外サッカーやメジャーリーグのみならず、自転車やテニス、はたまたマラソン大会まで、国内外のスポーツマーケティングに幅広く精通しているクリエイティブ集団。「日刊SPA!」ではメジャー(MLB)・プロ野球(NPB)に関するコラム・速報記事を担当
- 開閉中の屋根。「天気を睨みつつ、お客さんのためにも、極力屋根を開けたいんだよね」とボブさん。約12分間かけて屋根が開く瞬間、映画「2001年宇宙の旅のテーマ」が場内に轟き、観客は喝采を送る
- セーフコフィールドには「一日グラウンドキーパー体験」というアトラクションも。ボブJr.さんの指導のもと試合中にトンボをかけることも可能だ
- 日照の関係で芝の生育にムラができる。それを補うための投光器。ボブさん特注の「発明品」だ 写真/ボブさん提供
- セーフコフィールドのグラウンドキーパーの面々。ボブさん(前列中央)、娘のタイラーさん(後列右から3人目)、息子のローリーさん(後列右から4人目)、親子3代でグラウンドの保全にあたる。撮影/渡辺秀之
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