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公演中止か再開か…悩む演劇界、それぞれの事情。宝塚歌劇は9日再開

 中止するも地獄、行うも地獄。  2月26日、文科相が、コロナウイルス感染拡大防止のためスポーツや文化イベントの自粛や延期を要請すると、続々、コンサートや演劇が公演中止になり、それに伴い様々な意見が飛び交った10日間だった。 (以下、各劇場の発表は3月7日時点)

野田秀樹氏の声明に、賛否がうずまく

「眩耀(げんよう)の谷~舞い降りた新星~」

9日に上演される宝塚歌劇「眩耀(げんよう)の谷~舞い降りた新星~」フライヤー

 宝塚が9日から公演再開することを発表。7日、大阪の新歌舞伎座は3月いっぱい中止を決めた。歌舞伎座は11日から再開予定。劇団☆新感線も10日まで中止で以降は再開予定。岸谷五朗と寺脇康文の地球ゴージャスは初日と2日目を中止に、13日から幕を開ける。宣伝Twitterでは舞台稽古をしているとある。  2月26日の政府の自粛要請では「今後2週間」とあったが、これで済むかはまだわからず、3月中旬以降の公演を控える舞台人は各々不安を感じながら準備をしている。  公演中止に関して、3月1日、東京芸術劇場の芸術監督・野田秀樹氏が、公式サイトで意見書を発表した。  公演を中止することは<『演劇の死』を意味しかねません> <現在、この困難な状況でも懸命に上演を目指している演劇人に対して、「身勝手な芸術家たち」という風評が出回ることを危惧します。公演収入で生計をたてる多くの舞台関係者にも思いをいたしてください。>と訴えた。  劇作家・平田オリザ氏やケラリーノ・サンドロヴィッチ氏が連帯を表明する一方で、“身勝手な芸術家たち”視する声もあがり、SNSで広がった。政府に言われたから中止するのではなく、思考や対話を促す意見書だったと想像するのだが、世の中にはいろいろな人がいて、この瞬間は自粛しようと考える人もいるし、芸術家だけが特別じゃないと考える人もいる。  今回だけ無観客上演をして配信することで経済的損失や観客の落胆を補填できないか、という意見もあれば、演劇は観客の前で上演してこそだという意見もある。大勢でああだこうだ言っているうちに論点がずれていってしまうという悲劇も……。

高橋一生、最後の公演でせつない挨拶

 2月26日の自粛要請に最速で対応したのは音楽イベントだ。Perfumeや福山雅治などアミューズ所属のミュージシャンのコンサートの中止の決断は早かった。演劇はそれに続いて、26日夕方、国立劇場、新国立劇場、神奈川芸術劇場の公共劇場や劇団四季などの大劇場が中止を発表。27日には東京芸術劇場、彩の国さいたま芸術劇場、帝国劇場、日生劇場、シアターコクーン、世田谷パブリックシアターなどが公演中止を発表した。
天保十二年のシェイクスピア

「天保十二年のシェイクスピア」チラシ

 公演中の作品が千秋楽を前に突然、終了となってしまい、楽しみにしていた観客の落胆も相当なものであるが、なんといっても公演を行う側の落胆と絶望は深いと感じる。残り数ステージで東京公演は千秋楽、3月には大阪公演が控えていた「天保十二年のシェイクスピア」の主演・高橋一生は突然訪れた最後の公演(27日13時の回)のカーテンコール後、観客に挨拶したなかでこのように語っている。 <いつの時代も、僕の知り得る限り、多くの場合において、有事の際、芸術やお芝居などはトカゲの尻尾切りのように世の中から捨て置かれてしまうような存在だと思っています。しかし、僕の思いとしては、この「娯楽」というものが人の心というものを豊かにする重要なものではないか、と思っています。>  この文章を読むと切なくなってくる。

一度も本番上演できずに中止となった作品も

 切なさの極みといえば、世田谷パブリックシアターの「お勢、断行。」は、2月28日が初日予定だった。自粛要請を受けて27日、ゲネプロのみ行ってから、夕方近くに中止を発表。
世田谷パブリックシアター

公演中止を告げる世田谷パブリックシアターの公式サイト

 作、演出の倉持裕氏はフェイスブックで <キャストとスタッフからは並々ならぬ気迫が感じられました。あれは悔しさからか、憤りからか、いや、そんなネガティブなものじゃなかったのかもしれない、とにかく、ここに至るまでにそれぞれが手に入れたものを、一つ一つ舞台上に深く突き刺していくような、そんな印象の舞台でした。どうしてこれが観客の前で一度も上演されずに終わるのかと、悔しくてたまらず、普段めったなことでは泣きませんが、泣きました。>と記している。  やりきれない。決断の遅い早いは関係なく、どの公演だって、どれだけ苦しかっただろうか。私はたまたま26日にある舞台の昼公演を観に行き、終演後、関係者がニコニコ対応してくれたあと「今日で終わりかもしれないんです」とそっとつぶやいたときの、その人の表情の変化に驚いた。一瞬、老け込んだような顔で肩を落とし、またすぐ笑顔で観客の対応に戻った。その後、昼間に発表された自粛要請を知ったときようやくその顔の意味を理解することになる。  演劇は本番までに1ヶ月ほど稽古を積む。時間をかけて心をこめて築き上げてきた作品が完走できない。どころか、一度も本番を迎えられない。その精神的なダメージとともに、中止にしたときの経済的ダメージもある。公演中止によりチケットは返金される。3月5日には、大手チケット販売会社が払い戻しの際の手数料を全額負担すると発表し、これも大変な損害になりそうだ。
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「延期」が難しい演劇の事情
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フリーライター。ドラマ、映画、演劇などエンタメ作品に関するルポルタージュ、インタビュー、レビューなどを執筆。ノベライズも手がける。『みんなの朝ドラ』など著書多数、蜷川幸雄『身体的物語論』の企画構成など
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