ばくち打ち
番外編:カジノを巡る怪しき人々(10)
現場を踏むということ
わたしの博奕関係の著作ないしは雑誌連載を担当する編集者を、わたしは必ず大手カジノのVIPフロアに連れて行く。
関連書籍を読んだり、ネットで学んでも、こと博奕の世界となると、個人の理解力・想像力をはるかに越えた局面に出くわすことが多いからである。
そりゃ、そうだ。
丁と出るか半と出るか、まったくわからないものの一手に、眉毛一本動かさずに5000万円相当の金額を賭ける人が居る。
たった数分の緊張と高揚と愉悦のために。
日常の感覚を失っている。
いや、そもそも日常の感覚を失わないと、とてもじゃないが太い博奕は打てない。
現場を踏めば、そしてそこでおこなわれていることを自分の眼で確かめられたら、それまで腑に落ちなかったこと、疑問に感じていたこと、理解不能だったことが、あっさりと氷解してしまう場合も多い。
それでわたしは担当編集者を、必ず大手カジノのVIPフロアに連れて行くのである。
まあ、それがきっかけとなり、ゲーム賭博がもたらす「無明の罠」にまんまと嵌まってしまった編集者も居るのだが(拙著『極楽カシノ――怪人モリスばくち旅』光文社参照)。
当連載の担当編集者・Aも、わたしはサンズ・マカオのVIPフロアに連れて行った。
ラスヴェガス・サンズ(LVS)社のVIPフロアは、共通して「PAIZA」という名をもつ。
また太い客が多いことで、世界中にその名を馳せる。
「井川のアホぼん」も、よくここに現れた。
「ああ、そういうことだったんですね。本やネットじゃイマイチ呑み込めなかった点が、はっきりと見えてきました。するりと理解できる」
担当編集者・Aの感想である。
現場を踏むこと。
これは、いかなる形態であろうとも、表現をこころざす人間には、不可欠の条件だ、とわたしは信じる。
それまで見えてこなかったものが可視化される。
霧の中にぼんやりとしか輪郭が現れなかった風景が、鮮明に現れる。
だから表現者は現場を踏む。
現場を踏まなくちゃ、お話にならない。
初歩的知識に欠けた人間が「整合性」を妄想する
「VIPルーム・プロモーター」と「(部屋持ち)大手ジャンケット業者」の相関関係にかかわるわたしの主張(「カジノを巡る怪しき人々」(7))を、木曽がそのブログで批判している。
その中で、とても印象に残った箇所がある。
わたしがよく使う「ターン・オーヴァー」と「ロール・オーヴァー」という用語に関するものだ。
引用しよう。
で、私が考えているのが森巣氏が例えば、本来は
「buy-in」と呼ぶべき用語を「turnover」
「turnover = total bet = handle = wager」と呼ぶべき用語を「rollover」
と取り違えているのではないかということなのですが、如何でしょうか? ご本人がrolloverとturnoverの説明をブログ上でシッカリと行ってくれていないので、これらはあくまで私の推測なのですが、少なくとも何かしらの用語の取り違えが行われていなければ整合性が取れない場所が(少なくとも私の目からは)前後の文脈の中で何箇所か出てきています。
まさか、「buy-in」と「turnover」を間違える打ち手などおるまい。
また、同様に「turnover」と「rollover」を取り違える、プレミアム・フロアやジャンケット・ルームの打ち手も居ないだろう(笑)。
カジノにかかわる基本的・初歩的な部分での知識に欠けた人間が、頭の中だけで「整合性」を組み立てようとするから、こういった頓珍漢(とんちんかん)な「推測」が生まれてしまう(大笑)。
まさに、「笑死の沙汰」。
笑い死ぬ方である。
じつは、「turnover」と「rollover」の違いを知らない(たとえそれが「自称」であったとしても)「カジノの専門研究者」が存在するとは、まったく考えてもいなかったので、正直、驚いている。
「カジノを巡る怪しき人々」(3)で、わたしは、
おそらくこの「国際カジノ研究所長」で「日本で数少ないカジノの専門研究者」は、マカオに行ったことがないのだろう、と邪推した。すくなくとも、マカオの大手ハウスのプレミアム/ジャンケット・フロアに入れてもらったことはあるまい。
と書いたのだが、どうやらわたしの「邪推」は、見事に的中してしまったようだ。
木曽は、この業界でぶっちぎり世界最大の市場規模をもつマカオに行ったことがあるかもしれないが、まず間違いなく、その収益の70%以上をはじき出す、「マカオの大手ハウスのプレミアム/ジャンケット・フロアに入れてもらったこと」は、一度もないのだろう。
「日本で数少ないカジノの専門研究者」を自称しながらも(笑)。
本を読みネットで検索してもよくわからないことが、現場を踏めば、
「ああ、そういうことだったんですね」
と、簡単に理解できる。
すくなくとも、当連載の20代の担当編集者・Aには、瞬時に「するりと」理解できたそうだ。