第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(24)

 シュー・ボックスから一枚ずつ引き抜かれるカードの、しゅっしゅっというかすかな音が、決勝卓に残る三人の心を、きっと切り刻んでいることだろう。

 いったん所定の位置に並べてから、ディーラーの少女の細長い指が、カードをひっくり返していった。

 プレイヤー側のカードは、モーピンの2ゾロで、ひとまず4の持ち点。

 マックス・ベットで勝負に出ていた山段の躰から空気が抜けていく。

「はっ、はっ、はっ」

 と百田の嘲笑。

「チョン(=バンカー)」

 と言ってから、ディーラーがバンカー側2枚のカードを起こした。

 これはセイピンの9にリャンピンの5がひっつき、9プラス5の4。

「アイヤアァ」

 との小さな叫びが、百田の喉奥から漏れる。

 両者とも暫定の持ち点は4となった。

 いわゆる「4条件」で、プレイヤー側の三枚目のカードが2・3・4・5・6・7のケースで、バンカー側に三枚目のカードの権利が生じる。

 プレイヤー側は三枚目で、1のカードを起こせばそこで勝負終了、勝ちとなる。一方9のカードを起こせば、即死。

 10及び絵札三種類は、4対4の引き分けで賭金の移動はなし。

 2から7を起こせば、バンカー側に配られる三枚目次第となった。

 確率的にはそれほどの差は生じないのだが、どちらかといえばバンカー・サイドを握ってみたい局面だろう。

 ところがディーラーがプレイヤー側三枚目のカードを起こしてみれば、これがバンカー側最悪となるエースが現れた。

 今度は前の数倍の声量で、

「アイヤア~ッ!」

 と百田の叫び声。

 マックス・ベットの山段は、手の平でどかんとテーブルを叩いた。

「プレイヤー・ウインズ、ファイヴ・オーヴァー・フォー」

 とディーラーが第二十八クーの結果を読み上げる。

 百田のシークレット・カードを開いてみれば、なんと2万ドルのみのバンカー側へのベット。

 サイドは不明ながら百田のベット額に疑心暗鬼となって、優子と山段に負荷をかけ、誤判断を誘う。しかし、マックス・ベット分の100万ドルは、手元に残しておく。

「口切り」の打ち手が仕掛けた、心理戦法だった。

「セカンド・ラスト・クー」

 百田の手持ちからは2万ドル、そして優子のベット枠からは50万ドルを回収したディーラーの少女が宣言した。

 ここでの手持ちチップは、一番ボックス・百田がちょうど100万ドルの原点で、四番ボックスの山段が前クーの勝利により248万ドル。そして優子は前クーでの敗北で、227万ドル。

 首位が逆転している。

「口切り」ベットの義務は、四番ボックスの山段に移動した。

 山段も優子も、もちろんここはシークレット・カードの権利を行使する。

 ベット額もベット・サイドも不明だった。

 前クーがシークレット・ベットだった一番ボックスの百田は、最終手にカードの権利を残しておきたいのなら、可視のチップの張りで行くしかあるまい。おまけにベット順が最後となるので、ベッティング・サイドやチップ量を、他の打ち手に隠す必要も生じなかった。

「えいやあっ!」

 と気合いを発すると、百田はプレイヤーを示す枠内の、100万ドル分のチップを叩きつけた。

 手持ちゼロ。オール・インである。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。