ばくち打ち
第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(25)
――Go for Broke.
当たって砕けろ、というやつだった。
百田が優勝を目指すとすれば、この局面では当たり前ならそうする。
ディーラーがセカンド・ラスト第二十九のクーを開いてみれば、プレイヤー側には、絵札にセイピンの9がついて、もう負けなしの「ナチュラル・ナイン」。
「ざまあみろっ」
と、百田が卓を叩きながら絶叫した。
ところが、シークレット・カードの権利を行使している優子と山段の表情はそれほど失望の色を示していない。
両者ともプレイヤー・ベットだったのか。
しかしここは、バンカー・サイドの勝利で、百田が飛ぶことを願う局面なのである。
「ハン、ガオティン(=プレイヤー、9点)」
と言ってから、ディーラーがひっくり返したバンカー側のカードは、絵札二枚のスカ。プレイヤー・サイドの楽勝だった。
だが、勝つ場合はどうあれ、負けるとしたら、これがいい。
1点差であろうと9点差であろうと、結果は同じなのである。
両サイドのカードがオープンとなっても、優子は蒼ざめた顔をちょっと横に振っただけで、声を出さなかった。
シークレット・カードを開いてみれば、山段・優子ともにミニマム・1万ドルのプレイヤー側へのベット。
敵が崩れることを望んでいたのだろう。しかし、このクーでは誰も飛ばなかった。
つまり三人ともこのクーを勝利しているのだが、優子と山段は自分たちが負けることを切望していたのだ。
「ファイナル・ハンド。ベッツ・プリーズ」
とディーラーの少女が、無感情に言った。
優勝800万HKD(1億2000万円)、準優勝400万HKD(6000万円)の賞金の行方は最後のクーに持ち越された。
手持ちは、この時点で、百田200万ドルちょうど、山段249万ドル、優子228万ドルである。
誰もが優勝を狙える位置にいた。
三者の差は50万ドル以内だから、ネック・アンド・ネックのだんご状。
2クー前での50万ドルという中途半端なベットにおける敗北が、やはり優子のポジションに響いていた。
悔やんでいるのだろうか?
良平は優子の表情を窺った。
緊張で蒼ざめてはいたが、過去の判断ミスを後悔している様子はない。
博奕(ばくち)では、途中で反省したり後悔したりした奴は、負ける。
どうしてそうか不明なのだが、良平の経験則では、必ずそうなった。
いや、自分の経験のみならず、これまで職業上観察してきた無数の打ち手たちも、そうなっていった。
ひとつの躓(つまず)きを反省し後悔し、自分で地獄の蓋(ふた)を開けていく。
最終クーは、「口切り」の義務は優子の番だ。
蒼ざめていた優子は、しばらく呼吸を整えながら、考えていた。
やがて頬に、血の気が走りだす。
難しい選択だろう。
敵が負けるのを待つのか、はたまた攻めに出て、自力で栄光を摑(つか)み取るのか。
優子なら行くのだろう、と良平は予想した。それが大会でのファイナル・クーでのベットというのもある。
優子の顔が1分も経つと、赤黒く変色した。
意を決した優子が、シークレット・ペーパーに何やらを書き込む。
シークレット・ベットの内容を敵たちに悟られないように、左手で紙片を覆いながら書いていた。
顔を上げ、眦(まなじり)を決すると、優子は紙片をプレイヤー枠とバンカー枠の中間にそっと置いた。(つづく)