第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(1)

 2019年は、マカオ・ジャンケット業界の凋落が誰の眼からも隠せなくなった年だった、と総括してもそれほど間違ってはいまい。

 大手カジノ事業者の売り上げの7~8割を占めていたVIP部門が、劇的に縮小した。ほとんどの大手ハウスでは、VIPフロアとマス(=一般フロア)の売り上げの差がなくなってしまったのである。

 カジノ業界での「売り上げ」とは、「バイイン(チップを売った金額)・マイナス・ペイアウト(チップを買い戻した金額)」である。つまり、「粗利」だ。

 VIP部門の「売り上げ」が劇的に縮小したのには。いくつかの理由があった。

 なんといっても、最大の要因は、2013年北京政府によって開始された、「トラもハエも叩く」とする「反腐敗運動」だったのだろう。

 これは、中国共産党および軍や行政官僚機構の腐敗が深刻であり、中国の経済発展を妨げている、いう党指導部の危機感から始まったものだった。しかし、実際には政治的ライヴァルの追い落とし、といった権力闘争の道具としても活用された。

 運動開始から5年ほどで、約150万人の軍人と官僚が取り調べを受けた、と報道されている。腐敗の深刻さおよび規模の巨大さがわかろうというものだ。

 ちなみにこの運動で、高級官僚と佐官以上の軍人が合わせて260人以上失脚している。

 習近平(シー・ジンピン)国家主席は、「反腐敗運動」によって抵抗勢力をほぼ一掃し、盤石の政権基盤を構築した。

「反腐敗運動」は、当然にもマカオの大手カジノ事業者に莫大な影響を与える。

 2004年5月のサンズ・マカオのオープニング以来、毎年確実に2桁の成長を遂げていたカジノの「売り上げ」が、2013年以降大幅な減少に転じたからだった。

 これは、どうしてもそうなってしまう。

 なぜなら、大手ハウスの「売り上げ」の7~8割を占めていたのはVIP部である。ミもフタもない言い方をしてしまえば、VIPフロアで博奕(ばくち)を打つ客のほとんどは、大陸の腐敗官僚と汚職軍人だったのである。

 260人以上の官僚幹部と高級軍人が獄につながれ、「反腐敗運動」は、2017年にひとまず落ち着いた。それが証拠に、と言ってはおかしいかもしれないが、2017年からマカオの大手ハウスの「売り上げ」も、回復の兆候を見せ始めた。

 ところが、2018年1月になると、「紅頭文件(中国共産党や政府機関の公文書)」として「掃黒除悪十二類重点打撃対象」が発表される。

 黒悪勢力(暴力団・悪い奴ら)を撃てとする、いわゆる「掃黒除悪」と略称される方針だった。

 この発表では黒悪勢力を5類12種のカテゴリーに分けた。日経ビジネスオンライン・『世界鑑測 北村豊の「中国・キタムラリポート」』3月9日号での説明では、「黒悪勢力」は以下のごとくなる。

【第一類】政治の安定を脅かす、政治領域に浸透する黒悪勢力

【第二類】基層政権の権力を握り、基層改選選挙を操作し、農村資源の独占や農村共同資産の横領を行う黒悪勢力

【第三類】家族や一族の勢力を利用して農村を支配する“村覇”などの黒悪勢力

【第四類】あらゆる場所で利益を求めて活動する悪徳業者、“市覇”、“業覇”および暴力団などからなる黒悪勢力

【第五類】陳情者を組織・画策・扇動する陰の組織者や指示者

(つづく)
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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。