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家電が音楽を奏でる!? 最先端の演劇空間を体験せよ

 軽トラックを移動する舞台にしたり、伸縮する巨大な布を舞台にしてしまい、まるで生き物のように見せたり。誰もが体験したことのない劇空間を見せ続けてくれている劇作家・松井周がまたもや新たな表現に挑んでいる。今度のキーワードはなんと「家電」だ。
「ファーム」(2014) (c)青木司

「ファーム」(2014) (c)青木司

 現在、東京・池袋の東京芸術劇場で、「劇団サンプル」の新作『ファーム』が上演中である。  サンプルは、2007年に旗揚げ、2010年に上演した『自慢の息子』で、主宰の松井周が第55回岸田國士戯曲賞を受賞した、折り紙つきの気鋭劇団。松井周の奇想天外ともいえる劇世界を、精緻な俳優の演技と、舞台・照明・音響・衣装等々のスタッフワークで有機的に造形し、舞台芸術の可能性に常に挑戦しつづける最先端の劇団として、観客や様々なカルチャーの関係者から常に注視されている存在である。  昨年11月、日本最大級の国際舞台芸術祭「フェスティバル/トーキョー」(F/T)で上演された『永い遠足』では、廃校となった体育館に電気自動車の軽トラックを入れ込み、荷台に舞台をしつらえる演出で観客に未体験の興奮を与えた。  今回の新作『ファーム』は、再生医療技術の進歩で、人工的に生命を培養可能となった近未来を生きる家族を中心とした物語。劇場に入ってまず目を引くのは、蛍光グリーンの眩しいスクエアの舞台の四隅に配置された家電である。扇風機、ミキサー、掃除機、冷蔵庫。ありふれた生活家電が、能舞台の柱のように立ち、張り出した舞台の角を守っているかのようだ。  開演してしばらく静かな会話劇に耳を澄ましていると、突然「ドンドンドンドン、ダッダッダッダッ……」と、どこからか打撃音が聞こえてくる。一瞬、劇場の外で誤って工事が始まってしまったのかと錯覚する。そのうち、ミキサーが回り出し、ゆっくりとした回転音が劇場内に鳴り響く。舞台四隅の家電は、単に舞台美術の意図だけで配置されたモノではなく、音響・照明と同じように、オペレートされる機材、あるいは「楽器」であることがわかってくる。  今回この作品に音楽としてクレジットされているのは、音楽ユニット「HOSE」の宇波拓。劇中使用されるさまざまな種類の音(楽)を作曲・構成している。通常演劇の音楽といえば、いわゆる「劇伴」、BGMのように奏でられる音楽や、ミュージカルの歌唱曲などを想像するが、『ファーム』における音楽はそれだけではない。特に気にかからないような喫茶店のBGMから、我々の日常にたしかに存在しながら意識にのぼらないような様々な音までが「奏でられる」。そう、この家電の音までもが、物語を語り、彩る一つの要素となっているのである。  宇波は、通常想像する楽器を使った演奏活動の一方で、家電を使い独特の音楽制作を行っている。今回、サンプルが初めて音楽家とコラボレーションするにあたり、宇波に白羽の矢がたち、これが劇に取り入れられることとなった。いわば舞台上での演技と並行して、舞台の四隅で「家電の音楽ライブ」が行なわれているようなものなのだ。劇中ところどころで挟まれる振動やノイズの「生演奏」によって、演劇における音楽のあり方が意外な方向に拡張され、観客に他にない体験を呼び起こしている。虚を衝かれるこの意外さは、生でこそ味わえる実にユニークなものだ。  生命と家電。有機的な生命と無機質な機械が入り混じる『ファーム』の物語のなかで、家電の奏でる「音楽」は不思議な調和状態を生み出し、物語る。人工生命をというテーマのもと、人間が機械に、機械が人間に、互いに侵食しあう時間に身を浸し、本来シュールなはずの事態が普通に思えるような、サンプルならではの感触、観劇体験が訪れる。  ところで、先ほど書いた「ドンドンドンドン、ダッダッダッダッ……」という音。劇中に何度かその音が聞こえる。明らかにこれは劇場でコントロールされ立てられている音である。……しかしこれはどこで鳴っているのか……天井で鳴っているようにも聞こえるし、劇場の壁の外で鳴っているような気もする。観終わった後に怪訝そうにしている観客も多い。あなたはわかるだろうか。ぜひ劇場で確かめてみて欲しい。  東京公演は9月28日(日)まで東京芸術劇場シアターウエスト。来月には北九州公演もある。お見逃しなく。 ※詳細:http://samplenet.org/2014/06/20/15_farm/ 文責/野村政之 写真/青木司
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