「疑われてるみたいで気分が悪いよ」――46歳のバツイチおじさんはデート中に怒りをあらわにした〈第22話〉
「ねぇ、こっちに来て……」
そう言うと、部屋の外にある2人がけのソファに招かれた。
そうか、一回外に出るパターンね。
言われるがままに彼女について行った。
俺がソファにそっと腰掛けると、彼女は少し遅れて目の前の席に座った。
そして、俺をじっと見つめてこう言った。
「さぁ、レッスン始めましょうか」
♪~メロディー・ダムール・シャンテ・ル・コー・デマニエル~ キ・バ・コー・ア・コー・ペルドゥー
脳内iTunesの「エマニュエル夫人のテーマ」のボリュームが上がった。
やばい、ほんとにドキドキが止まらない。
俺「あ、あの……」
ビーナス「どうしたの?」
俺「どうして今日、部屋でレッスンなの?」
ビーナス「……」
俺「…き、昨日までカフェだったじゃん?」
俺は動揺を隠しながら、そう質問した。
ビーナスは俺の目をじっと見つめながら聞いている。
相槌は打たない。
ただ、真剣に聞いていた。
そして、持っていた水を一口飲んでこう言った。
ビーナス「……予算削減のためよ」
俺「は?」
ビーナス「だから、予算削減」
俺「……え?」
ビーナス「カフェだとお金がかかるでしょ。それ、こっち持ちじゃない」
俺「……」
ビーナス「時給も8$と安く交渉されたし」
俺「……」
ビーナス「だからここにしたの。ここだと無料だし」
俺「……な、なるほど!」
そっか。俺がお金を値切ったからここなのね。
エマニュエル夫人的なことではないのね。
もしかした、うっすら期待したのバレてる?
バレてるよねー。
俺は恥ずかしすぎるのでアメリカのポジティブ野郎みたくバカのフリをした。
俺「OK! OK!」
それは突き抜けた明るさの、アメリカの教科書的な「OK!」だった。
同時に、脳内iTunesに入ってた「エマニュエル夫人のテーマ」をこっそり削除した。
こうして始まったプライベートレッスンで、俺は今日もぶっ続けでしゃべり続けた。
しかし、途中からビーナスの私生活がすごく気になり始め、授業に集中できなくなった。
というのも、ビーナスの部屋にはいろんな男女が出入りするのだ。
1人目は20代のフィリピン女性。
すーっと現れて、ビーナスの部屋に何の気遣いもなく入っていった。
ビーナスに聞くと、彼女はルームメイトらしい。
続いて、若い20代前半の男性が「イエーイ!」とはしゃぎながらビーナスの部屋に飛び込んでいった。
理解不能過ぎてスルーした。
続いて、また違う30代の白人男性が静かにビーナスの部屋に入っていった。
俺「白人の人、彼氏?」
ビーナス「ううん。イギリス人の友達」
それしか答えない。
いや、なんだその中途半端な情報は!
つか、ビーナスの部屋でいったい何が行われているのか……。
すげー気になって気になってしょうがない。
英語の授業より、俺のゴシップ魂のほうが勝ってしまった。
俺「ビーナス、ちょっと部屋覗いてもいい? 気になってしょうがないんだけど」
ビーナス「別にいいよ。中、見てきなよ」
扉をそっと開けると、2人の男性とフィリピン人女性のルームメイトが、ビーナスのベッドですやすや眠っていた。
うーん。まったく理解ができない。
謎は深まるばかりだ。
その後、一旦その謎を押し殺し、英語に集中した。
そして、2時~6時のレッスンが終わり、部屋で寝ていたみんなと近くにご飯を食べに行くというこれまた謎の展開になった。
雑居ビルに着くと、今にも崩れそうな細い鉄の階段で最上階まで登り、屋上にあるバーレストランに着いた。なかなかお洒落なお店だ。
皆がメニューを選んでる時、俺のゴシップ魂は伝説の芸能記者・梨元勝ばりに高まっていた。もう我慢できない。俺は直球を投げた。
俺「さっき、男2人とお友達の女性が一緒に寝てたけど、どういう関係なの? その……フリーセックス的な関係? 乱交的な?」
するとみんながどっと笑った。
ビーナス「違うのよ。シェアハウス3部屋に6人の男女が住んでいて、3人の男の子はゲイなの。で、みんな仲が良くて、お互いの部屋を勝手に行き来する関係なの」
俺「……な、なるほどね!」
きっとヴィーナスはすごくオープンな性格なんだ。
Facebookの友達も1000人は超えてる。いや、1000人て!
オープンな性格でオープンな人間関係だから、俺のプライベートレッスンも引き受けてくれたし、部屋でレッスンするのもためらわなかったのか。
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
記事一覧へ
記事一覧へ
この連載の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ