「疑われてるみたいで気分が悪いよ」――46歳のバツイチおじさんはデート中に怒りをあらわにした〈第22話〉
4日後、プノンペンを去る決意をした。
22キロのバックパックを背負い、キャピトルというバックパッカー宿がやっている格安バスのチケット売り場に行った。
次の目的地はアンコールワットのあるシェムリアップだ。
4$でチケットを購入し、バスに乗り込んだ。
1969年大分県生まれ。明治大学卒業後、IVSテレビ制作(株)のADとして日本テレビ「天才たけしの元気が出るテレビ!」の制作に参加。続いて「ザ!鉄腕!DASH!!」(日本テレビ)の立ち上げメンバーとなり、その後フリーのディレクターとして「ザ!世界仰天ニュース」(日本テレビ)「トリビアの泉」(フジテレビ)をチーフディレクターとして制作。2008年に映像制作会社「株式会社イマジネーション」を創設し、「マツケンサンバⅡ」のブレーン、「学べる!ニュースショー!」(テレビ朝日)「政治家と話そう」(Google)など数々の作品を手掛ける。離婚をきっかけにディレクターを休業し、世界一周に挑戦。その様子を「日刊SPA!」にて連載し人気を博した。現在は、映像制作だけでなく、YouTuber、ラジオ出演など、出演者としても多岐に渡り活動中。Youtubuチャンネル「Enjoy on the Earth 〜地球の遊び方〜」運営中
バスが出発した瞬間、エラにLINEを送った。
俺【プノンペンを去り、シェムリアップに向かってるバスの中です】
俺【ありがとうエラ。君との美しい思い出ができました】
そう言って、エラの写真を数枚送った。
バスは進み、空は暗くなった。
5時間後にエラから返信がきた。
ウサギの女の子が涙を流しているスタンプだった。
俺【どうしたの? 大丈夫?】
エラ【ううん】
エラ【今日、ご飯を食べれなかったの】
エラ【お腹はすいてるんだけど、食べれなかった】
俺【腹痛? 何か心配事でもあるの?】
エラ【ううん】
エラ【私の友達が私のバッグを盗んでどこかいなくなってしまったの】
エラ【それで、お金がなくて、今日は何も食べれなかった】
俺【バーの友達?】
エラ【ううん。学校の友達】
エラ【今、妹に連絡して少しお金を送ってもらえるように頼んだの。でも、返事がないの】
俺は少し返信に悩んだ。
そしてこう返信した。
俺【ごめんね。助けたいけど、今はシェムリアップの近くだからすぐには助けることができないよ。本当にごめんね】
エラ【大丈夫】
エラ【わかってるの】
エラ【ただ、あなたに聞いてほしかっただけ】
そしてLINEキャラクターのムーンが泣いているスタンプが送られてきた。
返信を悩んだ。
結局、俺も同じムーンが泣いているスタンプを送った。
トゥクトゥクドライバーの話と今回のこの話、これはただの作り話なのだろうか?
夜の蝶であるエラは嘘をつき、同情を引き、俺からお金を巻き上げたかったのか?
いや、エラと過ごしたこの何日間を冷静に振り返ると、どうしても彼女がそんな子供っぽい嘘をつくような痛い子だとは思えなかった。彼女に触れたのはたった2秒間だけだったけど、あの体温を思い出すと、どうしても冷酷な女には思えなかった。
エラと出会った時「この女かっこいい!」と思った。
それは、彼女はいつも冷静でくだらないミスをしない。論理的に先の先を読む。だからだ。
彼女は俺が世界一周をしていて、やがてこの街を去ることがわかっていた。
にもかかわらず、毎日俺に付き合ってくれた。
途中から彼女が俺に冷たくなったのは別れを予感していたからかもしれない。
もしくは、旅人である俺が彼女の傷に触れすぎたからなのかもしれない。
こちらは旅人で現地の人と仲良くなるのが楽しい。
しかし彼女はその土地に根ざし、現実を生きている。
俺は本当に困った時に助けてあげることができない。
恋する旅人はワガママな生き物だと、初めて気づかされた。
泣いているムーンのスタンプを最後にエラとの連絡は途絶えた。
結局、俺はエラの影の奥に宿る心の闇や深い悲しみを理解することができなかった。
相変わらず女という生き物がわからない。
離婚届けを突きつけられたあの時から何も成長していないと、思った。
バスの窓からカンボジアの夕日が見えた。
ふと、涙が流れた。
なぜだろう?
失恋の悲しみでもない。
もう会えないという寂しさでもない。
なんの涙かわからない。
どんな感情かわからない。
夕日を見て、張り詰めた心が一瞬安らいだ。
ノーガード状態の俺の心に、深い奥底に眠るなんらかの感情がパンチを打ってきたのではないか?と思う。
もしかして、パンチを打ってきたのは俺が持つ心の闇なのかもしれない。
バスの中で、俺は声を出して泣いた。
それは、『世界一周花嫁探しの旅』に出て初めて流した涙だった――。
次号予告「シェムリアップで急展開!? 悲恋に打ちのめされたボロボロおじさんを待ち受けているものとは!?」を乞うご期待!
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