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“レッスルマニア11”ブレット対バックランド“因縁ドラマ”の意味――フミ斎藤のプロレス講座別冊WWEヒストリー第186回(1995年編)

 ブレットとバックランドは前年11月の“サバイバー・シリーズ”(1994年11月23日=テキサス州サンアントニオ、フリーマン・コロシアム)で対戦し、そのときはバックランドが十八番チキンウィング・クロスフェースでブレットを下しWWE世界王座奪取に成功。それから3日後の同年11月26日、新王者バックランドはマディソン・スクウェア・ガーデンでディーゼル(ケビン・ナッシュ)に敗れ、同王座をあっさり明け渡した。  WWE世界王座はブレットからバックランド、バックランドからディーゼルへと移動し、1995年のPPV第1弾、1.22PPV“ロイヤルランブル”タンパ大会ではディーゼル対ブレットのタイトルマッチが実現。しかし、この試合にはバックランドとオーエンが乱入。ブレットはこの“報復”としてメインイベントの時間差式変則バトルロイヤル“ロイヤルランブル”に乱入し、オーエンとバックランドの入場シーンを妨害した。ブレットは対オーエン、対バックランドというふたつの長編ドラマを緻密に同時進行させてきた。  1957年7月生まれのブレットはこのとき37歳で、1949年8月生まれのバックランドは45歳。37歳のブレットがニュー・ジェネレーション世代のベビーフェースで、45歳の大ベテランのヒールのバックランドと闘うという設定は、ブレットとバックランドのちょうどあいだの世代にあたるハルク・ホーガンを時代ごと“消去”するためのキャスティングだった。  WWEはこの年、1月の“ロイヤルランブル”、4月の“レッスルマニア”、6月の“キング・オブ・ザ・リング”、8月の“サマースラム”、11月の“サバイバー・シリーズ”の年間5大イベントに加え、新企画の導入を決定。“イン・ユア・ハウス”のタイトルで5.14、7.23、9.24、10.22の4大会をPPVの年間スケジュールに組み込んだ。
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新PPV“イン・ユア・ハウス”4大会の開催は…
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