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「乳首も弱いけど、耳たぶ舐められるのが一番好き」風俗嬢との筆談プレイ一部始終――爪切男のタクシー×ハンター【第二十七話】

 ある日の仕事帰りのタクシーにて、落語家の桂ざこばによく似た運転手と文字についての話に花を咲かせた。 「汚い字に人生を感じるっていうのは素敵な考え方ですね」 「運転手さんはそうは思わないですか?」 「仕事で書類を書くことが多くてですね。字が汚いと事務の人に怒られるので字は綺麗な方がいいと思います」 「ははは、仕事だと見やすい文字の方が喜ばれますもんね」 「恥ずかしい話ですが、歳を取ると文字を書くときに緊張して手が震えるんですよ」 「いいんじゃないですか、アル中の人も震えてますしね」 「ははは、私、アル中ではないですよ!」 「何にも震えないで、ただ過ぎていく人生より、アル中でも緊張でも感動でも何でもいいので震える人生の方が楽しそうでよくないですか?」 「そんな風に思えたら楽なんでしょうけどね、やっぱり平穏無事が一番ですよ」 「……そうですか」 「……汚い、綺麗の話でいうと、最近本で読んだいい話があります。虹の話なんですけどね。たとえば、私の地元だと虹って七色じゃなくて五色って言われてるんですよね」 「え、そうなんですか?」 「他にも、地域によって虹の色の数はバラバラらしいですよ。面白いですね」 「うちの地元では普通に七色でしたね」 「……何色でも虹は虹ですし、虹は綺麗なものです。何色でもいいので自分が綺麗だなって思う虹を大事にすればいいというお話でした」 「僕は汚く見える虹が一番美しい虹だと思えてるってことですね」 「さっきも言いましたけど、汚い虹なんてないですけどね」 「ははは」  家に着くと、まだ風邪が治らずに寝込んでいる彼女が飛び起きた。私が買ってきた食事が目当てである。 「ただいま、お前の好きなたこ焼きたくさん買ってきたよ」  まだ声を出すことができない彼女は、メモ帳に大きなハートマークを書いて最大限の喜びを表している。  そのハートは殴り書きで書かれた汚いものだが、世界で一番綺麗なハートに見えた。機械で書いたように一糸の乱れもないハートより、いびつで歪んだハートの方が人間らしくていい。  自分の愛する人が書くハートマークより美しいものなど、この世にあるわけないのだから。 文/爪 切男 ’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀 ’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

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