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「セックスレスからの脱出」甘くて生々しい体臭が私を目覚めさせた――爪切男のタクシー×ハンター【第二十八話】

 ある日の仕事帰りのタクシー。グリコ・森永事件の犯人であるキツネ目の男によく似た運転手さんと会話が弾む。運転手さんは前職がデリヘル嬢の送迎ドライバーだったとのことなので、多少のシモの話題も大丈夫だと踏んで、自分が体臭マニアであることを告白した。 「それはそれは……」 「引いてますか?」 「いえいえ、引いたりなんかしませんよ。世の中にはもっと変な趣味をお持ちの方がいますしね」 「運転手さんが知ってる変態さんってどんな人がいましたか?」 「そうですね……好きな女性から耳カスをもらって、それを自分の耳の中に入れて生活することで興奮するっていう社長さんがいましたね」 「ははは、それは完全にイカれてますね」 「ええ、気持ちいいぐらいに」 「僕なんてまだまだですね」 「お客さんは、最近、自分が体臭マニアだと分かったんですものね」 「そうなんです」 「ではまだ初心者さんですね。変態若葉マークです」 「はい?」 「ここから変態としての長い道のりがはじまりますよ。道を踏み外さないようにちゃんと精進してくださいね」 「ははは」 「世の中で事件を起こすのは、半端な変態さん達ですので。迷惑な話ですよね」 「そうなんですね」 「仕事もちゃんとする。家族を守る。そのうえで誰にも迷惑をかけずに自分の欲求を満たすのが一流の変態ですからね」 「ははは、分かりました。やるからには一流を目指します」 「はい、期待しておりますね」 「ちなみに運転手さんも何か変態的な趣味をお持ちなんですか?」 「……もし、また会うことがありましたらお教えしますね」  その瞬間、運転手さんから一流の変態の風格を感じた。  さぁ、お家に帰ろう。  愛する女が私の帰りを今か今かと待っている。  体臭マニアの私の為に風呂に入らず待っている。  玄関でキスをして、抱きしめて、脇の匂いを嗅いで、もう一度強く抱きしめよう。  今度のお休みは一緒にお花見に行こう。  満開の桜の木の下で、愛する女の体臭を胸いっぱいに嗅ごう。  これからはこの子を泣かせないように大事にしよう。  涙は汗と違って匂いがしなくて興奮しないから。 文/爪 切男’79年生まれ。会社員。ブログ「小野真弓と今年中にラウンドワンに行きたい」が人気。犬が好き。 https://twitter.com/tsumekiriman イラスト/ポテチ光秀’85年生まれ。漫画家。「オモコロ」で「有刺鉄線ミカワ」など連載中。鳥が好き。 https://twitter.com/pote_mitsu ※さまざまなタクシー運転手との出会いと別れを繰り返し、その密室での刹那のやりとりから学んだことを綴ってきた当連載『タクシー×ハンター』がついに書籍化。タクシー運転手とのエピソードを大幅にカットし、“新宿で唾を売る女”アスカとの同棲生活を軸にひとつの物語として再構築した青春私小説『死にたい夜にかぎって』が好評発売中
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死にたい夜にかぎって

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