雑学

二度と戻らない、部屋住み・シンの“最後の一日”【沖田臥竜が描く文政外伝!~尼崎の一番星たち~】

沖田臥竜氏

山口組二次団体最高幹部から作家転身した沖田臥竜氏

 関西の某テレビ番組にて、尼崎の住民に無許可で検証されていたのだが、尼崎市の住民は、出身地を尋ねられると「兵庫!」などと野暮ったい事を言ったりしない。日本全国どこにいようとも「尼ですわ」と返す習性があったりするのだ。

 特にこの傾向は塀の中になると遺憾無く発揮され、「尼ですわ」と言いながら、同じ尼崎出身の懲役たちだけで「尼の舎(グループ)」を形成してみたりするのである。

 そんな尼崎という街で、オレはヤクザをやっていた。
 あの夏、オレは確かにヤクザだった。ヤグザとして生きていた。

「なんで、オレの当番が1日増えるねん」

 その日、当番を務めていた私はいたく不機嫌だった。なぜなら、私の後に当番へと入る予定だったゼロやんが付き合っていた女性を包丁で刺し、逮捕されてしまったため、当番が1日延びることになってしまったからだ。

 ゼロやんが彼女を刺す。翌日、当番だというのに酒を浴びるように呑んだ挙句、何が気に入らなかったのか、一緒に酒を呑んでいた我がの彼女の足を、ゼロやんはナイフで刺してしまった。

 それはそれで非日常的な出来事ではある。だが、申し訳ないけれども、命に別状ない痴話喧嘩なんかよりも、1日増えた当番の方が私には大問題だった。

「だから、直参と兼任はええように使われるから嫌やねん」

 そんなことを思いながら、当番責任者席に座り届けられた状関係にチェックを入れていた。除籍、破門、絶縁、引退、就任……一枚一枚に鉛筆で日にちを入れて目を通す。視線を上げれば、4画面に分かれたモニターに道行く人々が映し出されている。

「カシラ、親分も留守にされてますし……一息ついたらどないです」

 そう言いながら、私がカシラをやっていた三次団体から本部の部屋住みに入っているシンが、アイスコーヒーを私の目の前に置いた。綺麗に刈られた頭に、黒の戦闘服。小柄ながら少し吊り上がった目がヤクザである事を伺わせていた。

「おっ、気がきくやんけ。そうか親分は、田舎帰ってはんのか。ほなら、のんびり出来んの」

 親分がいる時は、本部内が漲るように張り詰めている。必然、当番責任者もピリピリしており、何かと部屋住みを怒鳴りつけてばかりいることになる。だが、この時は親分の留守という事で、ゆっくりとした穏やかな時間が流れていた。

「はい、のんびりしましょ。カシラも疲れてはるでしょう」

 シンは、私の横に腰を下ろした。

「なあ、シン。お前、この先どうすんねや」

 シンが淹れてくれたアイスコーヒーをストローで吸い上げながら、私は尋ねた。この時、2011年8月。既にヤクザがヤクザで食えない時代は到来しており、私自身ヤクザである事に先行きの不安を抱えていた。

「えっ? 自分ですか? 自分は部屋住み終えたら、オヤジから若頭補佐にしたる、言うてもうてますんで。この部屋住みをなんとか務め終えよう思ってます」

 今の時代、肩書きでメシなど食えない。それなのに、私に向けられたシンの眼は、爛々と輝いていた。昔は私もこんな眼をしていたのだろうか。

「そうか。それやったら、しっかりやらんといかんの」

 気持ちとは裏腹の言葉を、私は口にしたのだった。

 私がカシラをしていた組織の門をシンが叩いた時、教育係に就いたのが私だった。初めは線も細く、直ぐにケツを割ってしまうのではないか? と思いながら、組織のカラーを叩き込んでいったのだが、シンには内に秘めた負けん気の強さがあった。次第に所作の一つ一つがヤクザの板についていき、これならば本部に入れても恥ずかしくない、となって本部の部屋住みに抜擢されたのだった。

 その日、私は久しぶりにゆっくりとシンと語り合った。何時もシンをどやしつけてばかりの私がこんなにゆっくりシンと語り合ったのは、初めてだったかもしれない。

 当番二日目。親分はまだ帰って来ないので、スーツからラフな格好に着替えた私は、ソファーで流れるテレビを観るともなく、眺めていた。

 目の前に置いてあった携帯電話が振動し始めたかと思うと、アップテンポのメロディーを奏で始めたのだった。画面に視線を落とす。文政だった。生野が生んだスーパースターであった。

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何気ない会話がシンとの最期の思い出になった

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生野が生んだスーパースター 文政

ヤクザ、半グレ、詐欺師に盗っ人大集合。時代ごときに左右されず、流されも押されもしない男達が織りなす、痛快ストーリー。




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