「カシラっ!シンがっ!」本部からのSOS電話
「いらっしゃー、、、なんや~沖ちゃんか。金にならへんお客さんに挨拶して損するとこや」
私は当番から上がった後、大阪でシノギの話しを進めに行き、夕方に経営していた居酒屋の暖簾をくぐったのだった。
「何言うてんねん。仮にもオーナーさまやぞっ」
カウンターの中のひかに返した。大きな瞳は綺麗な二重瞼のアーチを描いており、スッと通った鼻が見る者を惹きつけた。
「へいへいっ」
と言いながら、ひかがテレビのチャンネルを変えた。しばらく二人でテレビを観ていたが、客が入ってくる気配はまったくしない。
暇になり、ひかの妹である、みどが晩ご飯を食べにくるかな? と話していると、勢いよく店のドアが開かれた。噂をすればなんとやらである。みどであった。
「沖田っ! ご飯食べさせて! ひか! ご飯作って! お腹空いた!」
無銭飲食の常習犯のみどは、このとき中学三年生であった。ひかよりも少しつり上がった瞳が、お姉ちゃんのひかよりも気の強さを表しており、通った鼻、少し薄めの唇。とてもじゃないが、中学生には見えなかった。
夜も更けて行き、みどに恋愛の哲学を延々と聞かされている所に、私の携帯電話が鳴らされた。昼過ぎに上がったばかりの本部からであった。
「ホンマ人使い荒すぎやろ」
と思いながら通話ボタンを叩いた。流れ込んできたナベさんの声が尋常ではなかった。
「カシラっ!シンがシンがっ!」
「どないしてんっ!」
私は思わずナベさんを怒鳴りつけていた。
「ムネが包丁もって暴れて、それでそれでそれで、、、」
私は、「直ぐ行く」と言って電話を切り、店を飛び出した。
背中で、ひかとみどの声が聞こえたが、何を言っていたのかは、覚えていない。私の店は、本部から三百メートル程の所にあり、目と鼻の先であった。
何があったのだ。駆けながら、様々な事態を想定していた。
あっと言う間に辿り着いた本部の扉は開け放たれており、最悪の予感は既にMAXに上昇していた。
「シンっー!!!」
私は、叫びながら本部に入り、一目散に二階に上がった。
「シンどこじゃっ! どこおんねんっ!」
怒鳴りながら、二階の部屋住み専用の部屋の襖を勢いよく開いた。襖を開け放った手が停止した。
上半身裸で横たわるシン。一目見た瞬間に、もう駄目だ、という事がわかった。
「シン、、、シン、お前何しとんねんっ、、、カシラ補佐なるんと違うんかいっ、、、お前何しとんねんっ」
抱き抱えながら、シンからまったくの体温を感じない事に気がついていた。だが我に帰った私は、急ぎ一階に降りていき、叫んだ。
「誰か救急車呼ばんかいっ! 救急車じゃ! 救急車呼ばんかいっ!」
一階に辿り着くと視界の隅に、ナベさんたちがナイフを振り回すムネと揉みあっているのが入った。
「あいつはスパイやったんや! あいつは回しもんやー!」
ムネが半狂乱になりながら、抑えつけようとしているナベさんたちを振り払おうと暴れていた。ナベさんがナイフを握るムネの右手を両手でしっかりと掴んでいた。
「お前っ、、、お前何しとんじゃ!」
私は、ムネの前に立ちはだかった。
「シンの奴が、、、!シンの奴が!」
「やかましいんじゃい! お前一体何しとんじゃい! ナイフ放さんかいっ!ワシのいうことが聞けんのかい!」
ムネの襟首をつかんで怒鳴った。我に返ったように、ムネががっくり頭を垂れ、ナイフを手放した。
「はい……すいません……。シンはスパイやったんです……」
手放した血だらけのナイフは、よく見ると刺身包丁だった。その刺身包丁をナベさんがすかさず取り上げた。
「シンはスパイやったんです……」
と繰り返すムネ。
「お前、一体何をいうてんのや……」
怒りが芽生えてきたのは、もっと後になってからだった。このときは、目の前の光景全てが全く受け入れなれなくて、どうしても現実に思う事ができなかった。
嫌な記憶ばかりが蘇っていた。
あの日の夏。
私が人を殺めたあの夏。
あの空間に舞い戻ってしまったような錯覚があった。
あの時も目の前の光景を受け入れることができなかった。遠くで、パトカーと救急車のサイレンがこだましていた。