急逝した大酒呑み、ゼロやんとの苦い思い出【沖田臥竜が描く文政外伝~尼崎の一番星たち~】
その夏は異常なくらい熱く激しい夏だった。
振り返ってみても、あの夏はどこかで何かが狂っていた。
同棲していた彼女を刺してしまったゼロやんは、刺された女性が軽傷で示談を成立させたこと。
ゼロやんの最後の務めから、十数年空いていたことなどが考慮され、私に当番を入らせるだけ入らせておいたゼロやんは、無事社会にカンバックを果たしたのだった。
「当番、代わりに入ってもうて……すんませんでした」
五十の坂を半分登っていた、ゼロやんに「そんなん、かまへんがな」と応えたのだが、ただゼロやんの無類の酒好きを案じて一言だけ私は苦言を呈した。
「ゼロやん。酒呑むなとは言わんけど、今回の事件も褒められたもんやないねんから、ほどほどにしとかなあかんで」
注意したのは、酒の席で彼女を刺した事だけが原因ではなかった。
ゼロやんの小さな身体は、拘禁生活のせいもあってか更に小さくなっており、どす黒く黄色がかった表情は、年齢以上にやつれて見えていた。その事もあって、それが気にかかったのだ。
元々、ゼロやんの渡世入りは遅く、建設会社の社長から、企業舎弟を経由して、本格的な組員へとなった背景があった。
「はいっ」
小さな身体を丸めて返事はしたものの、元来の酒好きは、私がたしなめたくらいで治るはずもない。
釈放されたその日から、ゼロやんは浴びるように酒を飲み、グダをまいた。
それが祟ってしまったのだろう。もう既に病にむしばまれていたゼロやんの身体は、一気に病状を悪化させてしまい、いつものように浴びるように呑んでいた酒の席で、倒れてしまったのだ。
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