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水島新司『あぶさん』 酒は合法ドーピングだ――南信長のマンガ酒場(4杯目)

あぶさんを超える酒好き投手がいた!

 酒を飲んであれだけ打てるなら、飲まなきゃもっと打てるのでは……という常識的考えは景浦には当てはまらない。ある日、うっかり酒を持たずに球場入りした景浦は、打席に入っても震えが止まらずチャンスに凡打、守備ではエラーといいとこなしだった。ところが、スタンドから投げ入れられたウイスキーをぐいっとあおって、次の打席では豪快なホームラン! 景浦にとって酒は合法ドーピングみたいなものか。  とはいえ、40歳を過ぎた頃からは、さすがに大酒を飲んでプレーするようなシーンは減ってくる。反比例するように成績はアップし、’91年には44歳で初の三冠王獲得。しかも、そこから3年連続三冠王に輝き、’94年には当時の日本記録である王貞治の55本を塗り替えるシーズン56号を記録。さらに、還暦で迎えた’07年には夢の打率4割を達成するのだから、イチローもびっくりだ。  しかし、実は水島作品には景浦以上の酒好き野球選手が登場する。 『野球狂の詩』の東京メッツの投手・日の本盛。名前からして酒くさいが、投手としての素質はバツグン。ただ、とにかく酒好きで酒の途切れることがない。景浦と違って酔うと使い物にならないため、首脳陣は球場入りから試合終了までは酒を取り上げようとする(当たり前だ)。  初めてしらふでマウンドに上がった日の本は快刀乱麻のピッチング。ところが自分の打順が回ってくると、バットを構えたまま微動だにしない。なんと、あらかじめバットに仕込んでおいた酒をグリップから飲んでいたのだ! 【図2】 ⇒【画像】はコチラ https://nikkan-spa.jp/?attachment_id=1335776
【図2】水島新司『野球狂の詩』(講談社KC)6巻p184-185より

【図2】水島新司『野球狂の詩』(講談社KC)6巻p184-185より

 禁酒法時代のアメリカの密売人も顔負けの仕掛けだが、その後の登板でもセットポジションで一塁ランナーを見るふりをして背中に仕込んだビニールパックからストローで飲んだかと思えば、あげくの果てはポケットに入れておいた酒びたしのタオルを脱いだスパイクに絞って飲む始末。実に巧妙というか意地汚いというか、そこまでして飲むか……。  現実のプロ野球でも、気の弱さを克服するためにビールを飲んでマウンドに上がったら好投したという今井雄太郎の逸話はあるが、飲んで打たれるんじゃ話にならない。とはいえ、何がなんでも飲むんだという強固な意志には、酒飲みとして敬服。  昭和のプロ野球には、あぶさんのモデルと言われる永淵洋三を筆頭に酒豪選手が多かった。一方、最近の若い選手は、筋トレには熱心でも酒はあまり飲まないっぽい。アスリートとしてはそれが正しいのだろうけど、ちょっと寂しい気もする。せめて優勝のビールかけの風習だけは、残ってほしいと思うのだった。 文/南信長 1964年大阪府生まれ。マンガ解説者。著書に『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『やりすぎマンガ列伝』がある。
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