雑学

香山リカの裁判傍聴シリーズ――植村隆さんの裁判を見てきた



 途中、川上弁護士は「ではこれは?」「ここでもそう言いましたね?」と次から次へと誤った発言や記述のある資料を出すものだから、櫻井氏側の弁護士が「裁判長、異議あり!(裁判と)関連性がないでしょう!」と声を荒げるシーンもあったが、今度は裁判長は「余分なこと、言わんといてください。関連性あるんで」と続けるように促した。

 このように、櫻井氏が「植村は捏造記者」とした前提が不確かなものであったことがはっきりして行ったのだが、櫻井氏はそれでも主張を取り下げることはなく、強気を装ってこう言った。

「韓国で挺身隊といえば慰安婦を意味していたのは確かかもしれませんが、それでも日本の(勤労)挺身隊を慰安婦と結びつけようとした植村さんは責任が重いのです」

 最後に川上弁護士は、櫻井氏が「社民党の福島みずほ代議士に『慰安婦問題は、泰郁彦先生の本を読んで勉強しなさい』と言ったら『考えとくわ』と答えた」と講演会で述べたことがあったが、それに関しては会話そのものが存在せず、福島さんに謝罪することになった、というエピソードについても触れた。おそらく慰安婦問題については他でもかくもずさんなことをしている、という点を強調したかったのだろう。

「それはまるっきりのウソでしたね」と川上弁護士に言われると、櫻井氏はこう答えた。

「反省しています。でも朝日新聞にも反省してもらいたいです。まるっきりのウソなんですから……」

 川上弁護士はこの櫻井氏の言葉を受けては何も語らず、「以上です」と反対尋問をそこで終了した。

「これも間違いですね?」「こっちもありますよ」と次々、自分の書いた記事やテレビの書き起こしなどを示され、最後のほうでは櫻井氏は確認を求められても「川上さんがおっしゃるならテープなどお持ちなんでしょうから」と記憶をたどる作業をやめてしまい、お手上げな風にも見えた。

 しかし、それでも「植村さんは意図的に日本人を貶める記事を書いた」「朝日新聞はまるっきりウソ」という強硬な態度をまったく崩さないのは、いくら法廷とはいえ、やや不自然にも見えたのは事実だ。

 そこで浮かび上がるのは、先ほども指摘したように、櫻井氏が主尋問で自ら語った安倍政権、いや安倍総理との関係だ。櫻井氏は安倍総理を強烈に支持する論客のひとりとして知られ、これまでも何度も対談をしたり、選挙の候補者を直接、紹介したりと安倍氏からも全幅の信頼を得ている。オフィシャルサイトのコラムを見ても、韓国を批判したかと思うとオリンピックで訪韓する安倍総理の決意を見守りたいと評価し、トランプ大統領の姿勢を批判したかと思うとトランプ氏とわたり合える安倍総理はすごいと評価する。「日本にとって余人をもって代え難く、世界にとっても重要な存在に、首相はなっている」などとあまりに手放しで絶賛するので、読んでいる方が気恥ずかしくなるほどだ。

 櫻井氏がここまで安倍総理を評価する理由は、私にはよくわからないし、それを分析するのも不可能だ。しかし、いつの時点でか、櫻井氏は「この人しかいない。何であっても安倍総理がすることであれば評価しよう」と客観性をすべて放棄してしまったのではないか。それを「あっぱれ」とほめるつもりも、「ジャーナリストとしてそれではいけない」と批判するつもりもないが、とにかくそういうことなのだろう。

 そう考えると、「安倍政権が河野談話を見直していた時期だったから」と2014年になって1991年に書かれた植村氏の記事を取り上げて批判を強めたり、自分が問い詰められ続けた尋問の最後に、安倍総理も何度も名前をあげて批判している朝日新聞に対して「まるっきりウソ」などといささか子どもじみた“捨て台詞”を投げつけたりするのも、理解できるような気がするのである。

 この櫻井氏の――私には無意味に思える――札幌での“忠臣”を、安倍総理は知っているのだろうか。もしかすると「たいへんでしたね。おつかれさまでした」といったねぎらいの言葉などもあるのだろうか…。いやいや、これはただのつまらない“妄想”だ。

裁判終了後、植村隆さんと一緒に写真に納まる著者

「捏造記者」と呼ばれ、全国からのバッシングを受けることになった植村氏の名誉は、慰謝料や謝罪広告では到底、回復することはなく、その点では櫻井氏、西岡氏のしたことの責任は重いと私は考える。ただ、そのこととは別に、長くメディアの世界で仕事をし、なんとか生き延びてきた、という意味ではほんの少し共通するところもある立場としては、追い詰められてもまだ「おかしいのは朝日新聞です」と言い続けなければならない櫻井よしこ氏の姿から、一抹のさびしさを感じてしまったことも事実である。

 裁判は7月6日に最終弁論を持って結審し、9月以降に判決が言いわたされる予定となっている。

香山リカの裁判傍聴

香山リカ氏近影

取材・文/香山リカ

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