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「信念」にはポジティブなものとネガティブなものがある

 いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第64回

信念 自分の思考をメモし続けると、その思考にパターンがあることに気づきます。それが思考を生み出す基盤となっている信念です。この信念を把握しない限り、根本的な変化はありません。私たちは普段から仕事や人間関係について、「ああしたほうがいいかもしれない、こうしたほうがいいかもしれない」と悩みに悩んで選択していますが、どれを選択したところで大差ありません。何を選んだところで途中で自分の選択を信じられなくなり、投げ出してしまうからです。

 どんなに合理的に思える選択であっても、自分の信念に基づいていなければ、人はそれを実行できません。学生時代を思い出してみてください。夏休みの宿題にしろ、英単語集にしろ、毎日決まったページをこなしていけば予定通りに終わるはずです。しかしその「一日○ページ」という決まりごとに、一体どれだけ効果があったでしょうか。おそらく何の意味もなかったと思います。

 もちろんコツコツ勉強できた人もいたでしょう。かくいう私がそうでした。しかし、それは「一日○ページ」と決めていたからではなく、もともと自分にとっては勉強するのが当たり前だったからです。私と同じく成績の良かったクラスメイトも事情は同じです。そのクラスメイトは父親が医者で、自分も医者になりたいと考えていました。そのためには医学部に入らねばならず、彼はそのために熱心に勉強していました。このように勉強がただ勉強だけで完結せず、どうしても信念が影響してしまうのが人間心理です。

「信念」には種類がある


 こうした信念には「ポジティブな信念」と「ネガティブな信念」の二種類があります。ポジティブな信念はいわば「アクセル」です。好きなこと、情熱を燃やせること、無意識に始めてしまうこと。「〇〇がしたい」という想いと、その根拠となる過去のエピソードがあればあるほど、私たちはそれに向かって邁進できます。だからこそ一般的な自己啓発は「好きなことをやれ」「やりたいことをやれ」と焚きつけます。

 ところが信念には「ネガティブな信念」もあります。これはいわば「ブレーキ」です。「どうせ上手くいかないんじゃないか」「また失敗するんじゃないか」「自分には才能がないんじゃないか」といった想いと、その根拠となる過去のエピソードがあればあるほど、私たちは立ち止まってしまいます。ロシアの文豪トルストイは「アンナ・カレーニナ」の冒頭で、「幸せな家族はどれもみな同じようにみえるが、不幸な家族にはそれぞれの不幸の形がある」と記しましたが、そうした苦しみや悲しみや不安には様々な形があり、それが抑圧されてしまうと普通に暮らしているだけではまず気づけません。

 たとえばネガティブな信念の一つに、「相手の幸せを背負う」というものがあります。私のクライアントは自分も発達障害でありながら、自分よりも重い発達障害を持つ妹がおり、「自分が彼女を養わねばならない」という想いに駆られていました。これは一見、「立派な兄だ」という美談に聞こえるかもしれません。しかし、彼にはそれが人生観が歪むほどの重荷になっていました。「自分が幸せになったら、妹が幸せになれないんじゃないか」とまで思いつめていたのです。

 両親や兄弟や伴侶など家族の幸せを願うのは人間にとって当たり前のことです。しかし願うだけで終わらずに実際に背負ってしまうと、自分自身が潰れてしまいます。人生は自分の荷物しか背負えず、誰かの荷物を背負う余裕はありません。たとえ家族であっても、私たちは一人一人違っており、何が相手にとって本当の幸せかは、たとえ家族であっても理解できません。私たちは互いの幸せを願いながら、それぞれが自分の道を行くほかないのです。

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本当の信念に気づくということ

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