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コンドームを買わせてくれないドラッグストアで飾る、有終の美――patoの「おっさんは二度死ぬ」<第8話>

黄泉の国の住人、颯爽と現る

あれだ、スタッフロールのあともちょっと話が続くやつだ。感動の場面だ。もうこりゃ絶対にコンドーム買えないな。マスクでも取ってくるか、と歩き出すと、グワーンと音を立てて入り口の自動ドアが開いた。新しい客が来たようだ。 「いらっしゃいませ!」 時間的に考えて最後の客となるであろう者が入ってきた。この店の歴史において最後となる客、おのずと挨拶にも力が入るようだ。 見ると、入り口には杉田玄白みたいなおっさんが立っていた。肌着にモモヒキという完全武装で何かを威嚇するように入り口に立っていた。そのいでたちから只者ではないオーラがプンプンしていた。 「インキンの薬はあるか!」 玄白は声を上げた。開口一番これである。なぜか入り口に店員が揃っている。これ幸いと自分が欲する商品を叫んだ。しかもインキンである。平成の世にこんな無法者がいるのかよと思った。 「痒くてな、仕事にならんわ。こうなんていうかな、燃えるように痒い。本体よりも周辺やな。付け根の当たりや」 聞いてもないのにインキンの症状を詳細に説明し始める。 「それでしたらこちらへ」 店長は目を充血させながらも軽やかな調子で薬カウンターみたいな場所に玄白を案内していく。玄白はその間もずっといかにチンコが痒いのか詳細に説明していた。 「朝は何ともないんだけどな、こう、またがる仕事をしてるんよ。それで痒いところにあたると地獄よ。ありゃ地獄ってより黄泉の国だな。おおっぴらにボリボリかくわけにもいかんだろ? まあ、こそっとかくんだけど、そしたらまた痒くなるんよ。ありゃ地獄よ、地獄というより黄泉の国よ」 と大声でずっと言っている。またがる仕事ってなんだろう、カウボーイか何かかなと思ったのだけど、常に何かが陰部に触れる状況でインキンを患うのは確かに地獄、いや黄泉の国だ。玄白の中で地獄と黄泉の国がどんな位置づけになっているのか分からないけど、確かに黄泉の国だ。 しかし、このままではとんでもないことになってしまう。あの美しき店長の想いとパートののおばちゃんたちの涙、それらがインキン黄泉の国に塗り替えられてしまう恐れがあるのだ。 今頃店長は何やっているのかしら、フフフ、あの店で働いているときは楽しかったな、と思い出そうとしても「チンコが痒くて黄泉の国よ」と杉田玄白の顔しか思い出せない。このまま玄白を最後の客にしてはいけない。おばちゃんたちの思い出をインキンにしてはいけない。 ここは僕が、絶対に最後の客になるであろうタイミングでカテキン茶を買うしかない。そう思ったが、ふと、「仕事への誇り」という単語が頭の中をよぎった。 最後の客がインキンであることをこの店長は恥ずかしく思うだろうか? きっと思わないはずだ。ここまでの店長の慕われ方や、彼の涙を見ていると、彼は仕事に誇りを持っている。インキンの方に最後に薬を売れて良かった、くらい思っているはずで、思い出が汚されたなんて思わないはずだ。 同様に杉田玄白も仕事に誇りを持っている。インキンで仕事にならない、それは恥ずかしいことではない。誇りある仕事に真剣に打ち込みたい、ならインキンの薬を買おう、当たり前のことだ。恥ずかしいことなんてこれっぽっちもない。 僕たちおっさんは仕事に誇りを持つべきだ。 どんなに簡単な仕事でも、どんなにどうしようもない仕事でも、そこに誇りがない仕事はダメだ。おっさんがそれをなくしたら、本当に何もなくなってしまう。 このドラッグストアの最後の客は、軽薄なフォントで「うすうす」と書かれたコンドームを買ったおっさんだった。恥ずかしくなんてない。機械を補強する。そこに誇りがあるから。レジに立った店長も誇り高き顔で最後の客を見送った。こうして、この店の長い歴史に幕が降ろされた。 おっさんたちの仕事に対する誇りが交錯する、清々しいラストだったように思う。 どんな仕事にだって誇りはあるはずだ。どんなに簡単でも、どんなにどうしようもない仕事でも、おっさんたちは誇りを胸に抱いて生きていかないといけないのである。 次の日の展示会、補強してもダメで、アームの先についたコンドームをぶんぶん振り回す工作機械があった。その横で僕は誇り高く気高い顔をしてずっと立っていた。怪訝な顔で眺める客を見ながら、ここは地獄だぜ、いや黄泉の国か、と思いながらそれでも誇り高く立っていた。 【pato】 テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。ブログ「多目的トイレ」 twitter(@pato_numeri) (ロゴ:マミヤ狂四郎)
テキストサイト管理人。初代管理サイト「Numeri」で発表した悪質業者や援助交際女子高生と対峙する「対決シリーズ」が話題となり、以降さまざまな媒体に寄稿。発表する記事のほとんどで伝説的バズを生み出す。本連載と同名の処女作「おっさんは二度死ぬ」(扶桑社刊)が発売中。3月28日に、自身の文章術を綴った「文章で伝えるときにいちばん大切なものは、感情である 読みたくなる文章の書き方29の掟(アスコム)」が発売。twitter(@pato_numeri

pato「おっさんは二度死ぬ」

“全てのおっさんは、いつか二度死ぬ。それは避けようのないことだ"――

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