ショーを終え、男性6人とともに小谷さんが挨拶に立った。 「胃が痛くなるほどひやひやドキドキしてきましたが、無事成功してよかったです。きょうは、ご家族やお友達の方がたくさんお見えになっていただいて、彼らは“没イチ男子の希望の星”だと思っています。世の中には、妻に先立たれ、ひきこもっている男性がたくさんいます。でも、きっかけさえあればみんな、こうやって外に出られる日が来るんだと思っています」 　終演後、客席にいた娘と孫娘ふたりと佐藤さん。 「ふだんもオシャレなんですが、こういう服は見ないです。長女がまだお腹の中にいるころに母が亡くなったので、子どもたちは母のことは知らないし、わたしも若い頃の両親の写真を見るのは初めてでした。きょうは向こうで母もびっくりしているんじゃないですか（笑）」（娘さん） 　スタイリストの塩崎良子さんにも話を聞いた。 「わたしは、がんサバイバーで、以前がん患者さんのファッションショーに関わらせてもらったことがあり、そこに小谷さんにも来てもらったことはありましたが、こういう年配者の男性だけのイベントは初めてです。 自分が没イチにさせちゃうかもしれない側の人間として、『生きているひとは、亡くなったひとの分とあわせて、二倍人生を楽しまないといけない』という小谷さんの考えに共感していたということもあり、今回はふたつ返事で関わらせてもらいました」（塩崎さん） 　難しかったのは、いかにモチベーションをあげていくかだったという。 「似合わないと思い込んでいる。それをどうやって取り払ってもらうのか。ヴェルサーチは着こなすのが難しいんですが、社会的なキャリアや人生のストーリーをお持ちで、姿勢を見るとみなさん堂々とされている。出ていくまでの緊張する瞬間と、戻ってきたときの笑顔がよかったですね」（同上） 　客席にいた人はどう感じたのだろうか。「きょうの彼らは魔法をかけられたみたい」と話すのは、「没イチの会」の女性メンバーだ。 「じつはリハーサルも見せてもらったんですが、本番は何倍もよかった。人間ってすごいなぁと思いました。男の人は、女の人よりも頑張らないといけないことが多い。食事ひとつとっても、いまでもほとんど外食という人が多いですから。でも、何か目的があって、やってみようと思うことがあるとこんなふうに変わる。人に見られるという意識がそうさせるんだと思いました。とくに三橋さん。自分なりに工夫して弾むような歩き方をしていて。ふだんダンスなんかしたことないだろうに」（女性メンバー） 　男女を超え、どうやら同じ体験したからこそわかりあえる。「没イチ会」には、戦友会にも似た不思議な結束力があるようだ。 三橋さんについては小谷さんもこう話す。 「妻がなくなったら何もできなくなったあのひとが、ちょっとリズムをこわしながらランウェイを歩いているのを見ると涙がでてきそうになりましたよ。来年は80歳になるというのに、まだ新しいことにチャレンジしようとする。ウォーキングのレッスンなんか三回もやったんですけど、ほんとうにみんな一生懸命で。先生の言うことを一生懸命聞いて。わたしも見習わなきゃいけないことがイッパイあります」（小谷さん、以下同） 　参加者たちのエネルギーがみなぎるイベントだったように思える。成功の秘訣は何だったのだろうか？ 「お金はケチらない、ですかね。ウォーキングもミスユニバースだった先生に頼みましたし、スタッフは全員プロ。自分たちでやろうとしたらショボくなる」 　今回のイベントでかかった費用は、すべて小谷さんの自腹だという。 「たしかに散財ですけど、出てもらった人たちには『没イチ』の中でそれぞれ妻とのことを語ってもらっています。そのお礼もしないといけないと思ったし。もう自分の生前葬をやったと思ったらいいかと（笑）」 　太っ腹というか、自分のためでもないことにポンと大金を注いでしまう。めちゃくちゃカッコイイではないか。ところで、その真っ赤な衣装は自前？ 「なわけないでしょう！　こんなオッパイがはみ出しそうな服を着て、わたし、どこに行くんですか？」 　アハハハと豪快に笑う小谷さん。ちょっとマジメな顔になって話をこうしめくくった。 「服って大事なんですよ。女のひとだけじゃなくてね。着るものによって表情とかもちがってきますし。着ていくうちに服になじんでいく。あと、眉毛を整えてもらったりしたのは人生初の体験でしょう。でも、たったそれだけのことで、ひとは変わるんですよ」 ＜取材・文・撮影／朝山実、ファッションコーディネーター／塩崎良子、メイクアップアーティスト／山崎多賀子、ウォーキング・レッスン／濱田玲子　ステージ写真提供/小谷みどり＞