アクションの達人は気が小さい!? 日々進化するスタントマンの世界
―[日々進化するスタントマンの世界]―
日本映画のアクションは変わったといわれる。徹底してリアルを表現する「アクション監督」とは、どんな職業か。ツテなしキャリアなしで単身香港にわたり、スタントマンから『るろうに剣心』などを手がけるにいたった第一線の監督が明かす、「小心」がゆえの成功術。
◆「スキマ産業のプロフェッショナルたち」後ろ姿もコピーする仕事師、アクション監督・大内貴仁さんに聞く
「スタントマン」と聞いて、頭に浮かぶのはどんなシーンだろうか?
高所から落下する、走行するクルマに跳ねあげられる……。俳優が演じるには危険だから、ここは吹き替えで、という際の「危険請負職人」が一般的なイメージではないだろうか。
「それは昔のイメージです。現代アクションのスタントマンは、運動神経や度胸だけでなく、お芝居や表現力、カメラ位置によって動き方を変えるなど、常にフレキシブルに対応できないといけない」
と語るのは大内貴仁さん。映画『るろうに剣心』シリーズをはじめ、『SP』『黒執事』などを手がけてきた第一線のアクション監督だ。
⇒【写真】はコチラ nikkan-spa.jp/?attachment_id=897056
日本のアクションの変貌の変わり目は『カムイ外伝』(崔洋一監督・09年公開/アクション監督=谷垣建治)あたりからだといわれる。大内さんも『カムイ外伝』に参加していた。
この10年間で、CGやワイヤー操作の導入など、「見せる」技術は格段に進歩し、「アクション監督」という肩書きも現場で定着するようになってきた。
◆アクション監督の仕事とは?
「1本の映画で、2人の監督がいるのはわかりにくいかもしれないですが、もともと日本にあった殺陣師とは別に、香港映画から入ってきたんです」
たとえるならゴジラ映画の「特撮監督」にあたる。アクションシーンを魅力的に見せるため、立ち回りの振り付けはもとより、カット割りから編集にいたるまで統括するのが「アクション監督」の仕事である。
「たとえば、10人のスタントマンがいれば、その何倍もの集団が襲いかかっているように見せることもできます」
大内さん持参のパソコンで、ある映画の練習風景を撮影した動画を見せられた。
「ここ、見ていてください。ここで彼が斬られるでしょう。ワキに倒れこみ、ここです。いま彼は素早く後ろに回って、もう一回新たに襲いかかっているでしょう」
同じ装束の一団と「主役」が剣を交える。スピード感のある「中心」の動きに視線を注いでいると、「何倍もの」の意味がわからなかった。
リピートし、大内さんが「ここ」と指さす。
斬られた男がフレームから消え、「主役」と別の男との立ち回りが続く。と、先ほどの男が前方から挑みかかっているではないか。ワンカットの撮影だった。「どうです」と大内さんが笑った。
「もちろん、本番の映画でこういうことはしませんよ。練習のために、大勢のスタントマンを集めるのは(予算の都合もあって)無理だったりするので。そういうときでも、一人が5、6人分の動きをしてタイミングを計って絡んでみせることもできるということです」
まるでマジックの種明かしを見せられているみたいだ。
「どうしてこういうことができるかというと、倒れたあとにどう動けばいいか、予測して先に先に考え機敏に動いていく。現場でとっさに判断して、動く。想像力がいまのスタントマンには必要です」
ブルース・リーの時代は、1対20人の乱闘シーンでも、順番に1人ずつ襲いかかっていた。様変わりしたのはジャッキー・チェン以降。2人、3人。同時に襲いかかる。動きが速くなるにつれ、スタントマンは瞬時の「判断力」とともに、どう見せるかの「表現力」が求められようになってきたという。
「スタントの世界は日々進化していますから」
たとえば1対1の格闘シーン。背中を向けている側だけがスタントマンとは限らないという。
「少々顔が見えても、腕や手の動きで隠せます。ものによっては対戦する2人ともが、スタントマンということもあります」
吹き替えのスタントマンのふたりが、メインキャストのようにして対戦する「スタントダブル」といわれるシーンの映像も見せてもらったが、先ほどと同様に「種明かし」をされて、ようやく意味するところが理解できた。
「スタントマンは、後ろ姿でも、その役者が演じているように見せないといけない」
正面からの撮影でも、思い切り動けばまず観客の目にバレることはないという。
「もちろんバレたら、ぼくらの負けです」
立ち姿から武器の持ち方まで「本人」になりすましたうえで、「本人」が演じているかのようにカッコよく見せる。トータルがスタントマンの仕事にあたる。もちろん「技術」と「経験」を要する。だから「できるスタントマン」になるほど、仕事が殺到する。需要に比べ、意外と「20代」の若手が少ないのだという。
◆アクションの達人は、意外と気が小さい?
颯爽として見える大内さんだが、現場に入る前に続けてきたことがある。「想定問答集」づくりだ。
「その日、言わないといけないことをメモにしておいて、朝読み返すんです」
監督やプロデューサー、他部門のスタッフに要望したいことは前もってメモにしておき、サンプル映像や仮のビデオコンテなども準備する。手間はかかるが、ことばでは伝わりづらいことも、映像だと「どうしたいのか」理解が得られやすい。そうした交渉もまたアクション監督の仕事のうちだという。
準備を怠らないのは、香港での修業時代に身につけた作法のひとつでもある。
23歳にして「ジャッキー・チェンのようになりたい」と単身渡航した際にはアクションのキャリアがないどころか、日常的な英語も話せなかった。「日本から来ました。アクションの仕事をしたいです」。自分を売り込むために、まず現地の広東語を独学。ノートに逐一「質問事項」を書き、街でやりとりしながらことばを覚えていった。
ツテも経験もない。ないない尽くしだったが、「広東語を話す日本人がいる」と面白がられ、紆余曲折を経ながらも2年後にはジャッキー・チェンの撮影現場にスタントマンとして参加するまでこぎつけた。
「ショートカットして話すと、ダイタンなやつだと見られんですが、じつは気が小さいんです」
自己分析によれば、ひとに背中を押されないことには動こうとはしない性格。だからこそ、アクション監督となって大事なものは準備と「メモ」だという。
「日本で新しいアクションを作り出すには、撮影前の環境作りもアクション監督の大切な仕事です」
撮影当日までにやらなければいけないのは、俳優に対するアクションレッスン、ビデオコンテの作成、スタントマンの数をどうするか、美術部に用意してもらう「壊れ物」の説明まで、多岐にわたる。その一つひとつに「予算」が絡み「なぜ必要か」しっかりとした裏付けなしでは「見せたいアクション」を作りあげることはできない。
そこでメモ。交渉相手の出方を想定し、仮想の問答を書き起こしておく。「準備」に対する大内さんの姿勢は、香港で広東語を習得した手法であるとともに、仕事の仕方として一貫しているように思えた。
取材・文/朝山実 撮影/山本倫子
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ