<純烈物語>浮世離れしたものを見せたあと、普段通りのショーを…<第10回>
エンディングで酒井は、純烈の輪をもっともっと広げて世界を目指したいと宣言。最上川司、真田ナオキ、ベッド・インの2人も加わり「ニューヨークのマジソンスクエアガーデンを目指します!」とブチあげると、オーディエンスにも配布された「入浴」の文字入りてぬぐいを振りながらBOØWYの『NO.NEW YORK』を一緒に合唱した。
“入浴”と“ニューヨーク”をかけたのは言うまでもないが、最後の最後に『NO.NEW YORK』を「にょう(尿)ニューヨーク」と言い間違えるという神降臨。ササダンゴが描いた「入り口と最後をバカバカしくすることでリアルな部分を生かす」は、その目論見を遥かに上回る取れ高で締めくくられたのだった。
開演直後に漂っていた不安かつ不穏な空気が、緞帳が下りたあとには「なんかとてつもないものを見てしまった」というざわめきに塗り替えられていた。この情景をどこかで見たことがある……記憶を掘り起こすと、そこにはいかりや長介、加藤茶、仲本工事、高木ブー、そして志村けんが横一列に立ち、客席へ向かい笑顔で手を振っている。
小さい頃、ザ・ドリフターズのゴールデンウィーク興行浅草国際劇場公演を見にいったことがある。その時も、PTAが眉をひそめるようなお下劣ネタのオンパレードだったのに、大人も子どもも一緒になってしあわせそうな顔をしていた。それが今でも焼きついている。
物事なんでも是か非か、白か黒かで論じることがいかにつまらないかドリフは笑いとバカバカしさを通じ教えてくれた。だから同じ姿勢でエンターテインメントと向き合っている、マッスルや純烈に惹かれるのだろう。
「今の純烈がスローモーションを見せることで何かが起こればいいなぐらいの思いだったんですけど……ここまでベッタベタなものになるとはマッスルを知るお客さんも思っていなかっただろうし、僕もここまでできるとは思わなかった。やっぱり、同じ価値観を持ってやれる出演者、スタッフが揃わないと。でもそこは、今までの信頼関係があったから僕もササダンゴに任せられたし、こっち側の人間も理解した上でやってくれた。
逆に言うと、そういう人間が集まってくるのが純烈なんです。自分が願うものに対ししっかりと向き合えば、すぐにではないかもしれないけどいつか必ずご褒美が訪れる。そしてそのご褒美を自分だけのものではなく、キッチリとキャッチしお客さんに投げることでエネルギーにしてくれれば、それに勝るものはないなって改めて思いました」(酒井)
「プロレスの世界でやってきたことがこういう場で多くの皆さんに見てもらえたのは、ずっとマッスルをやってきた中で思い描いていた理想形でした。自分が大きくなるとは、こういうことなんだなって。一緒にやってきた人間との共有できる場を持つために、僕らは大きくなろうとしている。一圭さんを見て、それを確信しました」(ササダンゴ)
第1部の終演後に漂っていたざわめきが、次第に余韻へと変わりつつあるなか、達成感に満ちたマッスル班を横目で見つつ純烈の4人はすでに第2部へと向かうべくモードチェンジをしていた。長い歳月をかけてやりたいと思い続けてきたことをようやく形としたのに、酒井はそれを味わうまであと数時間のおあずけを食らわなければならなかった。
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月~’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー~純烈物語』『純烈物語 20-21』が発売
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