ライフ

夜のスナックで働くわたしが得たもの、失ったもの…

『人魚姫』が好きだったわたし

「わたしはもう、そういうのは諦めちゃった」  年の瀬の慌ただしい喧噪の街中から逃れて、隠れ家のようなショットバーでぼやきながら飲んでいると、店のママはぽつりと言った。 「金曜の飲み会なんて、もうとっくに誘われなくなってるけど、まぁいいや」  その言葉を聞いた時、わたしはわりと欲張りなのだと思った。昼間の人たちとも今まで通りに付き合いたいし、夜の付き合いも続けていきたい。  子供の頃、アンデルセンの『人魚姫』が好きだったわたしは、ディズニーの『リトルマーメイド』が大嫌いだった。人魚姫は王子に出会って、人間の魂を手に入れるために、魔女から尻尾を人間の脚に変える薬を貰う。その姿と引き換えに声を失い、歩けば脚に激痛が走り、果ては王子から愛を貰えなければ泡になると告げられる。声も出せない人魚姫は当然王子の愛を得ることもできず、王子は別の女と結婚して、そんな王子を殺すこともできずに人魚姫は海に身投げして泡になる。  海で生きていれば三百年も生きられたのに、ただ人間の姿になるだけでデカすぎる代償を払っている。美しい悲恋の物語だけれども、子供ながらにわたしは、棲家の違う生き物が別の棲家の生き物になるということは、前の棲家を全て失くすことで、それくらいの代償が必要であるという道徳の書のようにも勝手に捉えていた。  一方、『リトルマーメイド』のアリエルは、出会ってすぐに王子の脳裏に焼き付いているし、もう一度会いたいと願われて、その時点で彼らの恋愛は成立してしまっている。彼らの恋路を邪魔する絶対悪としての魔女が存在して、愛を貫くために王子は魔女を倒す。アリエルは途中ちょっと声が出なくなったりするけど、最後は声も戻って王子と結婚する、もちろん人間の姿を手に入れて。  住む世界の違う生き物だったのに、一体彼女は何の代償を払ったのだろう? 途中乗り越えた困難か? 大変に納得がいかない。これなら、船上の結婚式を終えて宮殿に戻ったら実は王子にはあと二十人ぐらい女がいて、末席で粗末に扱われて、ヤリチン王子とそれに振り回される女たちと血みどろの争いでも繰り広げてくれなきゃ納得がいかない。
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正月の清々しい気分から一転…
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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