当時の自分は逃げてばかりだった
――そうやって、どんな人でも丸ごと受け入れる優しさに感動した読者も多いのでは?
爪:みなさん僕のことを「優しい人」って言いますけど、そんなことはないですよ。僕はただ人に関心がないだけ。だからひどいことをされても当たり前だと思ってしまうし、人を憎んだり恨んだりすることもほとんどないんです。
でも不思議と、アスカに対してはしょっちゅう腹が立っていたんですよね。しかも「歩き方が気に食わない」とか「買い物に時間がかかりすぎ」とか、本当にしょうもないことで。そんなふうに「ムカつくくらい気になっちゃう人」って、今の自分にはいないんですよ。だから大っぴらに「女の人は全員好き」とか言えてしまうのかもしれないですね。
――それは、他人に対してどこか距離を置いている、ということ?
爪:踏み込むのが怖いという気持ちは確かにあります。昔から人との距離をキープしようとしてしまうタイプで。変な話、それこそ高校時代なんかはポジショニングが最高にうまかったですよ。
具体的に言うと、クラスのジュノンボーイみたいな人気者からはミスチルのアルバムを貸してもらえて、写真部の地味めな女子からは電気グルーヴのアルバムを貸してもらえる位置(笑)。一番快適ですけど、狙って納まるのは一番嫌なポジションですよね。
――そこで好きになった女のコとかはいなかった?
爪:仲良くなった女友達はいたけど、恋愛関係には踏み込まないようにしていましたね。バランスを崩したくないというのもあるし、親父が逮捕されて間もなかったから、また何かあったらと思うと怖かった。容姿のコンプレックスもあったし……。今はもうちょっと人と距離を詰めるようにしてますけど、当時の自分は卑怯者でしたね。勝負をしようともせず逃げてばかりだった。
『死にたい夜にかぎって』ドラマ版帯
――その臆病な面は、今も自分の根っこにあると思いますか?
爪:あるんだと思います。僕は人に自分をさらけ出したり、気を許して甘えたりすることがすごく苦手なんですよ。あとは自分が一方的に何かをしてもらうのも。だから逆に、風俗嬢相手にはちょっとだけ甘えられるんです。
ビジネスとして関係が成り立ってるでしょう? 膝枕を3000円でしてもらえるなら3000円払えばいい。自分に払える対価がないままに何かをもらっちゃうと、すごく不安になるんです。
――アスカさんとお付き合いしていたときはどうでしたか?
爪:その部分は変わらずでしたね。別れた後に「もっと私の前で泣いたりしてほしかった」って言われました。確かにアスカの前で泣いたことって3回しかなくて、しかもそのうち2回は別れ話の最中だから、実質1回だけ。そのときアスカはずっと笑ってましたね。「泣いてる~!」って。今思うと、あれは嬉しかったんだろうなあ。
――甘えられないのは、家での出来事がしこりになっているから?
爪:そう思っていましたね。親父のこともあるし「心を許したところで、いつか母親みたいに自分の前から姿を消してしまうんじゃないか」っていう恐怖が染みついていた。だけど最近は「そういう自分も変えられるんじゃないか」って感じるようになってきたんです。
――それには何かきっかけが?
爪:「母親との再会」です。ブログを通じて、数年前にやっと顔を合わせることができたんです。そこでやっと、小っちゃい頃の自分が成仏したというか……。それまでの僕は、両親のことをすごく便利に、いわば逃げ道として使わせてもらっていたんですよね。
「俺には母親がいないから」「親父がああだったから」って。でも親父のことは本に書いちゃったし、母親には直接会えちゃった。「もう両親のことは言い訳にできないな」と考えたら、明日からは違う自分になれるような気がしたんです。
だから次に誰かと恋をするときには、情けない自分も出してちゃんと甘えてみたい。これからの人生は、さらけ出してもそばにいてくれる、そんな人を探す“旅”なんだと思います。