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愚民が巻き起こす毎度のトイレットペーパー騒動/鈴木涼美

暗黒街の鼻紙/鈴木涼美

空棚

テイッシュペーパーやトイレットペーパーなどが買い占められ空になった棚(2月28日、神奈川県横浜市青葉区)

 麻薬は売らない、銃は使わない、コロシはやらないなど、ワルにプライドがあるように、或いは夜職女子に、お金でセックスはしない、昼職との兼業は辞めない、本番だけはやらないなどギリギリ保つ最後のラインがあるように、暗黒に見える世界にこそ流儀と流儀による見えない階級が存在する。テレビかGHQかソシャゲか自民党か、何かしらに愚民化されたといわれる日本の大衆の愚かさにも、それなりの階級があるようだ。  学校や会社が休みになっていよいよ騒動も大きくなったとはいえ、新型コロナウイルス自体と具体的に戦っているのは1000人の感染者のうちまだ治っていない人たちと医療関係者なので、残りの人は有り体にいえば予防以外にすることがない。かといって祭りに乗らないと疎外感があるのか、差し当たって戦う相手として白羽の矢が立ったのは今回もトイレットペーパーだった。  オイルショック時は新聞の投書がきっかけとも言われたが、今回はSNSのいい加減な書き込みが拡散して、「国民がお尻を拭けずに困った時、ワタシだけは何がなんでも快適に拭きたい」と考えたウルトラ愚民が発生し、実際に一部小売店で品切れ状態となったせいで買い占めて転売するワル愚民が沸き、「不足がウソなのは知ってるがこのままだと本当に品切れになる」とふんだ中流愚民がまた買いに走り、結果、イオンやイトーヨーカドーは在庫を並べて品切れていないことを愚民たちにやさしく指導する羽目になった。  ’93年に冷夏でコメが不作となった時、終わってみれば一国民の経験した不便なんてせいぜい、お気に入りのブランド米が買えない、という程度だった。長粒米がスーパーに並ぶ光景は珍しかったが、むしろあれがきっかけでタイ米のおいしさに目覚めた人も多いとワタシは勝手に見ている。  東日本大震災後に被災地以外で不足したのももっぱら安心感と観光客であって、騒がれたトイレットペーパーがなくて困った人は少なくとも周囲に多くはない。うまい話にはウラがあるというのは憶病な愚民たちもよく口にする言葉だが、こわい話にもウラがあるとなぜ思わないか。  普段モノに囲まれているから何かが手に入らないことに必要以上の恐怖があるとか、安心安全に慣れて非常事態に情緒不安定になるとか、傾きかけている国家運営に不安が募ってるとかいう以上に、人より賢いと思われたい、隣が困っている時に上から目線で威張りたいという根性の悪い賢者コンプレックスが見え隠れする。  当然、そういった愚かな心理はつけ込まれ、アル・カポネを100倍薄めたような悪党に小銭を稼がせるし、歴史として語られる段階になっても、禁酒法時代とマフィアでなく、トイレットペーパーと買い占め業者じゃ映画化しても全然サマにならないので、この期に及んで見つけたら即買いするような愚行はやめた方がいい。  万が一本当に不足したら、今回もタイの文化を拝借して、ペットボトルの水で洗って固い紙で拭き、拭いた紙はごみ箱に捨てるスタイルをお勧めする。貧乏なのに旅行好きな私は各国の汚トイレ事情に詳しいが、最悪バケツがあれば人は用が足せるということはスリランカのガソリンスタンドで学んだ。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!3月10日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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