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現場を無視した突然の休校措置は弱い者から追い詰めていく/鈴木涼美

衆院予算委員会の冒頭で臨時休校措置について発言する安倍首相。27日に全国の小中高、特別支援学校について、3月2日から春休みまでの臨時休校を要請し、2月29日には首相官邸での記者会見で「終息への道のりは予断を許さない。厳しい闘いが続くことを覚悟しなければならない」「しかし、私たちは必ず乗り越えることができる」などと述べたが、教育現場だけでなく自民党内部からも批判の声が上がっている 安倍首相

そして主婦になる/鈴木涼美

 リクルートや内閣府などが定期的に実施する意識調査を見て、今も日本の女子の3割もが専業主婦希望だとか、結婚で経済力を重視する女性が半数以上とか、驚いたふりをする識者は多いが、この国に住むならそんな数字はむしろ謙虚なんじゃないかと最近思う。  新型コロナウイルス対策として全国の公立学校の休校要請を、平日夕方にイキナリ表明した国のトップは、むしろ力ずくで古き良き白いパンジーと子犬の横で部屋とワイシャツと私を磨く妻がいる家庭を復興させようとしているんじゃないか。  結婚を男のカネと女のカオの交換だと斬った小倉千加子センセイはかつて女子の結婚ヒエラルキー意識を丁寧に分析し、生活費を稼がなくてはいけない二等主婦、働かなくても高級品が買える一等主婦の上に、生活のスパイス的な「仕事」にお金を消費できる特権専業主婦がいると説いた。  そして今の不測の事態で子育てが「可能」なのは少なくとも稼ぐ必要がない女性であることが明るみに出ると、特権を目指すのは乙女の甘い夢というより働く女の血だらけサバイバルという印象に変わる。  仕事をするにも高額のシッター代がかかる、まさに保育園受かっても日本死ね状態に対応できるのは、片方の稼ぎがゼロでも問題のない家庭か、フルタイムナニーを雇える家庭か、リモートワークできるホワイトカラーか、古き良き大家族か。そして多くの政治家が思うほど、日本の家庭は豊かではない。  北海道など一部では首長主導でこういった措置がすでに取られており、学校や仕事を一旦ストップすること自体には肯定的な医療関係者もいるし、たしかに私も含めて多くの者が、パンデミック下でリーダーシップを発揮しない国のトップにぶつぶつ言ってはいた。  情報が不足し、恐怖が蔓延する状況下で人はあやしいものにもすがるので、デマ情報より先に政府の方針が届けられることは望ましいが、現場を無視した蛮勇とも言えるリーダーシップにすがるよりは、お湯を飲めというチェーンメールのほうが幾分か無害だ。フルタイムの両親は慌て、パート主婦はパニクり、シングルマザーは絶望し、弱い者から追い詰められていく。  新型コロナウイルスによる死亡例は中国を中心に増加しており、休校やイベントの中止が、ウイルスそれ自体による死者数をいくらか食い止める可能性はなくはない。そしてもし休校措置を取らなかった私立校に感染者が出た場合、政府は自信を持って対策は間違っていなかったと言うのか。もし仕事を休めない家庭で火事や転落や誘拐が起こり、経済的不安による自殺が相次ぎ、貧困による治安悪化で死者が増えても。  財務官僚が偉そうな印象があるのは、先生や人気司会者や新聞にはどうしても代替できない国の役目がお金の支出だからだ。シンガポールの30分の1、米国の17分の1といわれる対策費で、古き良き家庭にノスタルジーを募らせ、現場知らずの蛮勇を振るう政治は、特に弱者に対してウイルス以上の殺傷能力を持つ気がするが、実は貧困への無理解は資本家の死を意味することも、今年のオスカーでゴッサムシティや半地下の家族が示唆している。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!3月3日発売号より
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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