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「飲む?いいよ」スナックに現れた新妻は母乳をグラスに搾りだして…

え?飲む?持ってこようか?

「そっか……おっぱい出るんだよね」  マスターが神妙な顔になる。 「え~? 出るよ? なになに?」  チアキは持ち前の明るさでけらけらと笑いながら答えた。 「いや、さっきまでちょうど母乳の話をしててさ……」  わたしたちは今までの話の流れを一通り説明した。するとチアキはあっけらかんとした顔で言った。 「え? 飲む? 持ってこようか? それとも何かに出せば良い?」 「えっ?」「えっ?!」「ほんとに良いの……?」  俄かに現実味を帯びだした母乳に、男たちは急にドギマギし始めた。 「じゃ、じゃあ……」  これにお願いします、と言ってマスターはショットグラスを差し出した。 「おっけ~! じゃあ出してくるからちょっと待っててね~」  チアキはショットグラスを受け取ると、軽い口調でそう言って手洗いへ入って行った。一瞬、その場が静まり返って、数秒後にどっと沸いた。 「ど、どうしよう?! 俺ホントに母乳飲んじゃうの??」 「いや、半分俺に下さいね?!」  マスターは急に狼狽えてカウンター内をうろうろしだした。常連たちも皆そわそわしている。普段饒舌に女を語っている男たちが、母の母乳を前に子供のようにあたふたし始める様子は何とも言えない面白さがある。 「このぐらいで良いかなぁ~?」  手洗いから出てきたチアキは、ショットグラスを掲げた。  グラスの中には、半分ほどの白い母乳が揺れている。 「十分です。ありがとうございます」  マスターは恭しくグラスを受け取って、いただきますと呟くと、意を決したように口へ運んだ。ごくり。 「……甘い。美味しいわ」  不思議そうにグラスの中を見つめながらマスターは言った。 「ほんと~? 良かった~」 「健康なお母さんの証拠だね~」  チアキと、その隣の常連が笑う。  グラスは、母乳に憧れる他の常連たちに回されていった。  飲んだものは皆、「美味い」と言いながら、やっぱり不思議そうな顔をしていた。いつも恋愛で派手にやらかしていたチアキを知っているだけに、母乳を通じて彼女の中の「母」を感じて奇妙な心持ちになったのかもしれない。  少し話が逸れるけど、近年ネットで生まれた言葉に、「バブみ」と「オギャる」がある。 「バブみ」は母性的な優しさや包容力を感じて甘えたくなると感じる意味で、「オギャる」は赤ん坊のように幼児退行して甘える意味だ。現代人ってそれほど皆疲れていて、そして概念としての「母」を求めているんだろうなぁとか思ったり思わなかったり。  それはそうとして、母乳が飲みたい話から、本当に母乳を飲むに至るなんて、なんて変な夜だ。一日ごとに、時には数時間ごとにガラッと顔を変えるスナックの面白さを噛みしめながら、思いながらわたしはしみじみと店内を眺めていた。<イラスト・粒アンコ>(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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