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スナックで愛されない老人の「お店では見せない」シャイで寂しい横顔

酒が入ってるがゆえの憎まれ口

 地味な登り坂がヒールを履いた脚につらい。何故坂を上がる方を選択してしまったのか。  適当に、と言ったところでさして意欲的に店を探すでもなく歩みを進めていると、どんどん人気もまばらになり、店の灯りも減ってゆく。いい加減に赤提灯だろうが磯丸だろうが入らなければと思ったところで、中村が中華料理屋の前で足を止めた。 「ここにしよう」  なんの変哲もない、メニューの写真が入り口のガラスにたくさん貼り付けてある、よくある町の中華屋だ。大層な店名が赤い看板に黄色い字でデカデカと書かれているのが安っぽい印象を与えている。席に着いてメニューを開くと、実際ものすごく安かった。ほとんどのものが一品三百円~五百円で一品物を定食にしても七百円という驚きの安さ。わたしたちはとりあえずレモンサワーと緑茶ハイを頼んで乾杯を済ませた。 「奢っちゃるから何でも好きなもん食え!」  中村は胸を張って言った。遠慮なく、餃子と麻婆茄子とエビチリを頼むと、それぞれ信じられないぐらいの大皿で運ばれてきた。とても五百円の量とは思えない。中村はそのことにひどく感動していた。 「すごい! こんなに安いのに! この店はすごい!」  味は限りなく普通だったが、すっかり機嫌を良くした中村に安堵し、わたしはさらに酒を勧めた。 「この間のああいうのはさ」  と話を切り出すと、中村は急にバツが悪そうな顔になった。 「俺が迷惑掛けてんのはわかってんだけどよぉ」 「う~ん」 「お前らも怖いっていうか、強いからよぉ」 「マスターとわたしが?」 「……」 「だって中村さん、朝方になると全然話通じないし。お会計終わってからもう一杯、もう一杯って。もう閉め作業してる時間なわけだから、お店のルールには従ってくれないとさぁ」 「まぁ悪かったよ」  中村は、泥酔していないと基本的に素直で大人しい。どちらかというとシャイなのだと思う。だからこそ酒が入ると気が大きくなって脈絡はないが饒舌になり、歳のせいも相まって赤ん坊に返ったように我儘で融通が利かなくなる。酒による振れ幅のデカさには身に覚えがありすぎるので、あまり人を責められた身分ではない。 「お互い酔ってたんだからもう気にしなくていいじゃん」  わたしは適当に話を結んで、麻婆茄子を口へ運んで緑茶ハイで流し込んだ。大量すぎてなかなか減らない。 「そうだ、これお前にやるよ。俺はもう読んだから」  少しの沈黙のあと、中村はテーブル越しに皺くちゃのビニール袋を差し出して言った。
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2年経った今も変わらず…
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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