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スナックで愛されない老人の「お店では見せない」シャイで寂しい横顔

町中華と老人

第二十八夜 場末砂漠のかたすみで

 冷やし中華の季節になるとぼんやりと思い出すことがある。  二年くらい前のことだ。梅雨が明けきらずに湿っぽく生ぬるい風が頬を撫ぜ、心地の良い夜とは言えなかった。わたしは湿気で巻き髪が取れる不快さに顔を顰めながら、場末の繁華街の駅前に立っていた。時刻は十八時半、山手線の喧しい走行音が響いては改札が開き、くたびれた顔や苛立つほど底抜けに明るい顔がわらわらと溢れ出てくる。楽しい予定が控えているわけではなかったわたしは、今にも飲み会に繰り出さんとする学生やサラリーマンの集団を、苦々しい気持ちで見送った。  約束の時間を八分くらい過ぎた頃、駅とは真逆の方向からいつも通りの恰好をした中村が現れた。徒歩で来たのだろう。 「おぅ。待ったか?」 「いや、そんなには」  スマホを鞄にしまいながらそう答えると、中村は茶色い釣りベストのポケットに手を突っ込んだまま、「じゃあ適当に行くか」と歩き出した。  もうすぐ古希を迎えようかという彼の服装は、基本的に一年中変わらない。白茶けたスラックスにシャツに釣りベスト。何故かポケットが四つ以上あることに異様に執着をして釣りベストを着用しているが、肝心のポケットはいつも一つか二つしか使われていない。直翅目を思わせる色付き眼鏡を掛けて、夏から秋にかけては、首にタオルを巻いている。このタオルが彼にとってのおしゃれアイテムなのだと気付くまでには少し時間がかかった。たいてい、いつもは友人の工務店名が入った白いタオルを巻いているが、時折、昭和の台所に掛かっていそうなレトロな柄に変わったりする。その日は、箪笥の奥から出てきた引き出物感のあるふんわりとした花柄のタオルだった。  大通りに沿って、あてもなく歩いた。何故あてもないのかというと、太古の昔で時の流れが止まっている中村が「行こう」と行った店はとうに閉店していることが判明し(よくある)、かと言って予定を中止にできるわけでもない事情があったからだ。  中村は、数日前にうちの店でちょっとしたトラブルを起こしていた。酒の入った彼が脈絡のない話を喋りまくって他のお客に絡むのはいつものことで、閉店時刻を過ぎても一人で延々喋り続け、酔ったマスターやわたしに強めに注意されて「もう来ねぇ!」と拗ねるのもいつものことなのだが、あまりいつまでも拗ねられても面倒なので頃合いを見てフォローにまわることにした。要はご機嫌伺い、だ。
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酒が入ってるがゆえの憎まれ口
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