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『異邦人』の“久保田早紀”が語る、大ヒットで苦悩した日々と現在

―[クリスのお宝箱]―
久米小百合編 アナログ盤、CD、DVDなど約2万枚以上。さらに雑誌やポスター、グッズ、珍品なども所有し(現在も収集中)、アーティストからも認められるほどの大の音楽ファンのクリス松村が、MCを務める『ミュージック・モア』で秘蔵のコレクションからとっておきの1枚を披露!  今回のゲストは久米小百合さん。久保田早紀の名でデビューし、1984年に芸能界を引退。その後は本名で、キリスト教の音楽伝道師として活動を続けていらっしゃいます。
久保田早紀

久保田早紀こと久米小百合さん

 そんな久米小百合さんと、新宿の淀橋教会でお会いしました。  デビュー前、短大に通っていた久保さんは、「プロの方に自分がつくった曲を聞いていただきたい」という思いがあって、CBSソニーにデモテープを送ったそうです。 「私としては、デビューしたいとか、タレントになりたいとかなく、そんな思いはなかったので、ソニーから電話があったとき、『いいです、いいです』と断ると、『あなたではなく、あなたの曲に興味を持ったので、他の曲を見せてもらえないかな』といわれて、それでディレクターさんとお会いしたんです」(久米小百合)  その後、カラーテレビのコマーシャルソングに使用された『異邦人-シルクロードのテーマ-』でデビューしたのが1979年。21歳のときでした。
淀橋教会

久米小百合さんとの対談が行われた淀橋教会

『異邦人』の舞台はJR中央線の風景だった!?

『異邦人』の元歌のタイトルは、『白い朝』だったそうです。『異邦人』2番目の歌詞に「白い朝」が出てきます。歌の舞台JR中央線から見える日常的な風景……。それが編曲でシルクロードっぽいイメージに一変してしまうんですね。  本人も戸惑ったようですが、発売後2週目のオリコン週間ランキングで初めて55位に登場し、翌週25位、次に9位、2位、1位! 以降7週連続首位をキープし、売れに売れて140万枚の大ヒットになりました。 『異邦人』の大ヒットで、一夜にしてシンデレラガールとなった久保田早紀……。久米さんにとって、その後、苦労の日々が続きます。
久保田早紀

『異邦人』の誕生秘話を伺いました

 雑誌の取材で、「水着になることは?」と聞かれて、そのあと一切答えない、ということもあったとか。 「いま思うと生意気だったと思うんですが、歌手とか、アイドルとかではなく、作家として曲を作ることに重きを置いていたんです。演歌から、ロック、ジャズまで、あらゆる音楽が好きだったのに、中東のイメージが大きすぎて、それを早く脱ぎ捨てたいと、いつも思っていましたね」(久米小百合)  中東のイメージが強すぎて、笑うに笑えない冗談も多かったようです。 「普通の服を着て、放送局に行ったら、『あれ、中東の衣装じゃないの?』とか、『きょう何で来たの?』と聞かれて、『タクシーで』と答えると、『え、ラクダじゃないんだ?』、そんなツッコミが、とても苦しかったですね……」(久米小百合)
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カリフォルニアの世界を歌いたかった
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