大石昌良編
アナログ盤、CD、DVDなど約2万枚以上。さらに雑誌やポスター、グッズ、珍品なども所有し(現在も収集中)、アーティストからも認められるほどの大の音楽ファンのクリス松村が、MCを務める『ミュージック・モア』で秘蔵のコレクションからとっておきの1枚を披露!
今回は、シンガー・ソングライターの大石昌良さん(※1)がゲストです。みなさんご存じですか? 周囲のスタッフに知っているかを聞いてみたところ、若いスタッフは、
「え~ッ! 大石昌良が来るんですかっ? スゲ~ッ!」
といった感じ。若い世代を中心に絶大な人気があるんです。
大石昌良さん
さらに驚いたのが、漢字の大石昌良と、カタカナのオーイシマサヨシ(※2)がいて、本人に伺うと、2人は別人(という設定)だとか。
簡単に言えば、シンガー・ソングライターが大石昌良さんで、アニソンシンガーがオーイシマサヨシさん。見分けをつけるために、オーイシさんのときはメガネをかけています。だからといって、メガネをかければ、すぐにオーイシマサヨシに変身するわけではないそうです。
音楽を届けに上京したはずがピザを届けている自分に号泣…
もともとは、2001年に3ピースバンド「Sound Schedule」でデビューして、オリコンチャートを駆け上がり、スポットライトを浴びた時期もあったそうです。その後、バンドは解散。ソロデビューしたものの、鳴かず飛ばず……。音楽では食えず、ピザ屋さんで配達のアルバイトをしていて、そこで人生がガラッと変わる事件が起こったそうです。
ソロになっても、まったく売れず、どんどん先細って、音楽では食べていけない…、そんな時期があったという大石昌良さん。
バンド解散後、ソロデビュー。鳴かず飛ばずだった時期もあった大石昌良さん
「ピザ屋さんのバイトで配達に行った先が、なんとバンドでデビューした当時のマネージャーさんの家だったんです。声を変え、帽子を深くかぶっていたのでバレなかったけれど、そのとき、『東京にピザを配りに来たんじゃない!音楽をしに来たんだ』と帰りのバイクで号泣したんです」
すぐにアルバイトを辞めて、音楽関係ならどんな仕事でもしようと、まずはアニメのボーカルオーディションに応募。これに合格し、人生の転機が訪れます。
いまやアニソンシンガーとして人気のオーイシマサヨシと、シンガー・ソングライターとして人気の大石昌良がいて、ライブも別々の名前で活動されているそうです。
大石昌良が生まれた1980年にリバイバルヒットしたレコードとは?
とっても若そうに見える大石昌良さん。そのお年を聞いて、またまたビックリ! 現在40歳! どう見ても27~28歳の青年にしか見えません。そこで「クリスのお宝箱」は、大石昌良さんが生まれた1980年にリバイバルヒットしたレコードをご紹介しました。
それは、演歌歌手の扇ひろ子さん(※3)が歌った『新宿ゴールデン街』。新宿2丁目あたりのお店で、レコードの回転数を変えると“オネエ言葉”になると話題になっていたんです。
左が1975年発売、右が1980年再発売した『新宿ゴールデン街』。違いはタイトルの上の黄色い文字!
SNS世代の若い方のために説明しますと、レコードは、シングルとアルバムで回転数が違います。ドーナツ盤と呼ばれたシングルレコードは「44回転」、それに対して、LP(アルバム)は「33回転」で聴きます。
昔、ラジオ番組では、回転数を間違えてドーナツ盤をかけてしまうという笑っちゃうミスが、よくありました
44回転を、33回転でレコードをかけると、女性の声がオネエ声になることから、深夜放送などでは「わざと33回転にしてみんなで笑う」、そんなコーナーもあったほど。
この『新宿ゴールデン街』、発売から5年後に再発売されて、そのジャケットに、はこんな言葉が……。
「33回転でもお聞きください!」
レコード会社が、「33回転でも!」と推奨
レーベルが、わざわざ「33回転で!」と推奨した、珍しいレコードです。
ちなみに作詞は、山口洋子さんで、全編、扇ひろ子さんの語りです。
「男…いたわよ、つまんない男…でも別れちゃったの、三月(みつき)も前にね…」
レコードだから、こんな面白い企画が出来た珍盤です。