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負けないで、おどるポンポコリン、いつまでも変わらぬ愛を…織田哲郎の知られざる覆面ボーカル時代

―[クリスのお宝箱]―
クリス松村が大好きなアイドルからシティポップ、歌謡曲まで、魅力的なアーティストをゲストに招き、とっておきの情報や気になっていたエピソードを、楽しいトークから聞き出す「クリスのお宝箱」。今回は、どんなこぼれ話が飛び出す?

織田哲郎の才能はどこから生まれた?

 今回のゲストは、シンガーソングライターで作曲家、プロデューサーの織田哲郎さん!  織田さんといえば、『シーズン・イン・ザ・サン』TUBE)、『世界中の誰よりきっと』(中山美穂&WANDS)、『負けないで』(ZARD)、『世界が終るまでは…』(WANDS)など、次々とヒット曲を生み出し、B.B.クイーンズに提供した『おどるポンポコリン』は日本レコード大賞を受賞され、ご自身のシングル『いつまでも変わらぬ愛を』はミリオンセラーとなりました。
織田哲郎

今回のゲストは織田哲郎さん!

 これまでに4000万枚を超えるCDシングルセールスを記録し、筒美京平さん、小室哲哉さんに続いて、日本音楽史上歴代作曲家売上ランキング第3位です。 「この才能は、どこから生み出されたのか?」そんなお話を伺いました。

「T.レックス」を聴いてロックの洗礼を受けた青春時代

 東京生まれの織田さんは、父親が転勤族で、東京、神戸、高松、名古屋、そしてまた東京と、各地で過ごされたそうです。  そして中学2年生からロンドンに! 実はその時期、私もロンドンにいて多感な青春時代を過ごしていたから、もしかしたら、ロンドンの繁華街、ピカデリー・サーカスあたりで、すれ違っていたかも! 話を聞けば、織田さんの音楽の原点は、ここロンドンにあったようです。
織田哲郎

「クリスさんもロンドンにいたの? どこかで会っていたかもね!」と笑う織田哲郎さん

「当時イギリスの音楽番組を見ていて、最初に印象に残ったのが、『T.レックス』(※)でしたね。その頃のマーク・ボランは本当に輝いていて、グラム・ロックが真っ只中。僕は中学生のくせに、ディスコやライブハウスにも出入りしていました。サイモン&ガーファンクルやニール・ヤングも好きで、今でもよくアルバムを聴きますよ」  中学生で、ロンドンのディスコやライブハウスに出入りしていた? 当時の織田さんに出会っていたら、私の人生も少しは変わっていたかもしれませんね!
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顔出しの「WHY」はしんどかった!
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