恋愛・結婚

「今回は本気なやつかも…」スナックに出没する40代独女のしたたかな恋活戦略

「お母さんみたいです」って

「連絡取ってどうするの?」 「ごはん誘おうかなって」 「お、おう。なるほど」  積極的。というか、そもそも飲み会の時にはどんな感じだったのだろう。全開で酔って暴れる桜田ちゃんを既に彼に披露してしまったんだろうか。だとしたらヤバいかもしれない。それとなく聞いてみると、意外にそんなことはないという。 「本気で気になると、いつもみたいになれないのよ。そんなに飲まなかったし」  そう言って、桜田ちゃんは照れくさそうな顔をした。すごい。桜田ちゃんみたいな人でもそんなことができるだなんて。尊敬する。気になる人がいてもべろべろに酔って醜態を晒す自分が恥ずかしくなる。 「でも桜田ちゃん、酔ってなかったんならそんなに盛り上がれなかったんじゃないの?」  飲んでた方が面白いんだから飲んじゃえば良かったのにとわたしはちょっと面白がって言った。 「あれを面白いと捉えられるかどうかは彼の裁量次第だけどね」  隣に立つマスターからは冷静な意見が飛んでくる。確かにそうだが。 「でも、普通に音楽の話とかはできたんだよ」 「お。そうなんだ?」 「そしたらね『桜田さんと話すの楽しいです』って言って」 「なかなか上手いね青年」 「うん。『お母さんみたいです』って言ってくれたの」  キャー、と桜田ちゃんは嬉しそうな顔を両手で覆う。 「お母さん……?」  つい、聞き返してしまった。 「そう。お母さんに似てるらしいの」 「ふ、ふぅん?」  それってただのマザコンなのでは? という一言は口にしなかった。そしてわたしたちは思っていた。桜田ちゃんよ。「お母さん」でいいのか?

お母さんの密かな下心

「美味しいお肉を食べに行きませんか?」  それが桜田ちゃんから狙いの彼への誘いメールだった。  よく知らない人間から発せられたこの言葉にホイホイ付いていく人間ってどれぐらいいるのだろうか? お寿司か焼肉食べに行こうよって言えば食い付いてくると思ってるキャバクラの客か。よっぽど好意がない限り怪しんで行かないでしょそんなん。って瞬時に思ったわたしと違って青年は意外にも素直だった。 「行きたいです! 是非連れて行ってください」  ちょろかった。あっという間に日程が決まった。あまりにもすんなり行き過ぎる展開にわたしたちは少し肩透かしを食らったような気持ちになっていた。と、同時にもうひとつの疑念も浮かんでいた。だってあまりに素直すぎる。単身東京で暮らしていて音楽をやっている二十代男子が遊んでいないはずはない。純粋な年下男を演じてヒモになろうという魂胆なのでは、と。酒代に全てを注ぎ込んでいる桜田ちゃんから取れる金なんてないぞ馬鹿野郎。肉と言ったって食べ放題のシュラスコなんだぞ青年。 「気を付けなよ~」  わたしたちが心配すると、桜田ちゃんはそれでも構わないといった様子で「お母さんが息子にご飯食べさせるようなもんだから」とすでに浮かれていた。余談だが、男にしろ女にしろ「息子みたい」とか「娘みたい」だとかしきりに口にする人間の言葉を真に受けてはいけない。「親子のような関係だから」と前置きして自分を言い聞かせなければいけない程度には性的な目線を送っているものだ。  ともあれ我々の不安をよそに、デート(?)当日。レストランで桜田ちゃんと向かい合って座る彼はシュラスコを大層喜んだ。そして若者らしい勢いでよく食べてよく飲んだ。ほっそりした身体にみるみるうちに肉と酒が吸い込まれていった。理性を保つためにワインを禁じていようと思っていた桜田ちゃんも、彼につられてつい飲んでしまった。ワインを飲むと口が回るようになる。二人は音楽のことから始まって家族のことや仕事のこと、友人のことなどたくさん話した。桜田ちゃんは久しぶりに楽しかった。彼は話も上手で、年下であることを感じさせない。  会話も弾んでだいぶ酔いも回ったところで、せっかくだからカラオケをしようという話になって店を出た。カラオケボックスへ向かう道すがら、気分が良くなった桜田ちゃんは人目も憚らずに大声で歌った。そろそろ泥酔モード突入である。
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究極の選択を強いる桜田ちゃん
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(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani

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