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『かっこいいスキヤキ』書評「真剣に食べることは人生の豊かさを増してくれる」 (イナダシュンスケ)

 国民的食漫画『孤独のグルメ』、『花のズボラ飯』などの原作者である久住昌之氏と、和泉晴紀氏による漫画ユニット・泉昌之が2020年でデビュー40周年を迎えた。40周年記念として、作画・和泉晴紀(『食の軍師』『ダンドリくん』など)による漫画ユニット・泉昌之名義で、1983年に発表した『かっこいいスキヤキ』が、新装版として発売中だ。トレンチコート姿の男が夜汽車で弁当を食う順番にひたすら悩む―――ただそれだけの物語を劇画調で表現したデビュー作「夜行」は、そのバカバカしさとシリアスな絵柄のギャップで漫画界に大きな衝撃を与え、後に大杉漣主演で『夜汽車の男』としてドラマ化もされた伝説的作品だ。  好評発売中の新装版について、多ジャンルの飲食店経営を手がける一方で『人気飲食チェーンの本当のスゴさがわかる本』などの著書でも知られ、何より大の泉昌之ファンであるイナダシュンスケ氏に書評を寄せていただいた(以下イナダ氏による寄稿)。
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ピエール瀧(電気グルーヴ)コメントも! 『かっこいいスキヤキ 新装版』

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おかずに箸を付ける順番、飯とおかずのバランス、己の嗜好との対峙

 世の中には二種類の人間がいる。泉昌之(原作・久住昌之/作画・和泉晴紀)「夜行」を読んで「この主人公は正に自分だ」と共感する人間と「なんて異常な主人公だ」と驚愕する人間だ。  『孤独のグルメ』の原作者として知られる久住昌之氏の、漫画原作者としてのデビュー作でもあるこの作品は、主人公であるトレンチコートの男が夜行列車で一折の幕の内弁当を食べる、ただそれだけを描いた物語。作中で主人公がひたすら真剣に弁当を食べ進める、その心象風景が微に入り際を穿って描かれている。おかずに箸を付ける順番、飯とおかずのバランス、そして己の嗜好との対峙、分析、計画立案、実行、評価、そしてまた計画の建て直し、とその思考の流れは一瞬たりとも淀むことはない。  ちなみにこのトレンチコートの主人公はその後の泉昌之作品にも頻繁に登場し、いつしか「本郷」という固有名を与えられることになる。  私自身が弁当を食べる時の心象風景もまたこの本郷と概ね同様のものだ。唯一違いがあるとすれば、私の場合はその傍に一本の缶ビールが置かれることが多い点であろうか。その場合、私は弁当に詰め込まれたおかずの布陣をまず、ビールのつまみ軍と飯のおかず軍に脳内編成するというプロセスから始める。すなわち、ビールと飯からなる帝国軍と、つまみ軍とおかず軍からなる連合軍とのドラマティックな戦略シミュレーション。私はその至極平和な戦いにおいて、真剣に、人生を掛けて、その弁当に対峙し、一瞬たりとも思考を途絶えさせることはない。その点では本郷と私は全くもって同じ人間である。

誇張された役割を演じる極めて正統派のコメディアン

 もちろん世の中は本郷や私のような人間ばかりではない。なんとなく弁当の包みを開き、特に計画を立案する事もなく、なんとなく食べ始め、そしてなんとなく食べ終わり、あーお腹いっぱい、ご馳走様!という人間のほうがむしろ大多数であろう。そういうタイプの読者にとって、本郷は異人である。そして、誇張された役割を演じる極めて正統派のコメディアンである。だからこの作品は結局のところ、冒頭で述べた2種類の人間の両方にとって最高のエンターテインメントとして成立しているのだ。つまりこの「夜行」という作品は、大袈裟ではなく全ての日本人にとって必読の書なのだ!
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弁当のおかずを食べる順番を真剣に考える主人公

 …………。  ……すみません、僕は本当に心から「夜行」が大好きなんです。なのでついつい(主人公本郷氏の脳内世界ばりに)暑苦しい語りを繰り広げてしまいました。  冒頭で「世の中には2種類の人間がいる」という実にかっこいい言い切りをかましてしまいましたが、正直なところ、この作品に対峙した時に誰もがそれぞれのバランスで共感と驚愕の両方を自らの中に発見する、というほうがむしろ正鵠を得ているのではないかと思っています。だからこの作品を読んだ少なからぬ人々が「この作品を読んでから弁当をより真剣に食べるようになった」という体験を吐露しているのです。それまで漫然と食べていた食べ物を真剣に食べるようになる、それは人生の豊かさを確実に増してくれることでしょう。

自意識過剰という、人間なら誰もが持つ業

 いったん落ち着いてこの『かっこいいスキヤキ』という作品集を俯瞰すると、そこで繰り返し描かれているのは、何事にも関してもついつい自意識過剰になってしまうという、人間なら誰もが持つ業のようなものだと思います。そしてついつい自意識過剰になってしまいつつもまた心の別のどこかではそれを恥じてしまうシャイな繊細さ。その若々しい自己完結的な葛藤こそがこの一連の作品が時代を超えて持つ魅力なんだと思います。  そういう意味で、スキヤキを巡る攻防戦を扱った表題作的な位置付けであり、「夜行」同様食べ物テーマの「最後の晩餐」では、その葛藤が残酷なまでに見事に、そしてリアルに描かれています。そしてさらに言えば、そんな葛藤を乗り越えてある種の達観に至った、いわば聖者の物語が後に『孤独のグルメ』という別の物語として誕生するのは皆さまご存知の通り。
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スキヤキを食べながら自意識と葛藤する様子が巧みに描かれる

 数々の挫折を繰り返し、それでも成長せず葛藤し続ける本郷と、達観に至った井之頭五郎。正反対でもあり、合わせ鏡のようでもある二人。言うなれば久住昌之サーガ。その起源がこの『かっこいいスキヤキ』という珠玉の作品集なのです。 ●「夜行」はコチラから全ページ公開中! (文・イナダシュンスケ)
かっこいいスキヤキ 新装版

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